熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

イアン・ゴールディン他著「新たなルネサンス時代をどう生きるか:開花する天才と増大する危険 」(1)

2019年08月15日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   現代は、ルネサンス期と全く同じ歴史的な展開をしており、第2のルネサンスである。
   ルネサンスは、大規模な繁栄が生まれた稀有な黄金時代だと目されているが、決してそれだけではなく、善と悪、天才とリスクをはらんだ、大きな成功と大きな失敗のどちらかに転ぶか分からない未来に向けた戦いであった。と言うのが、著者たちの問題意識である。
   現代人に欠けているのは、生きるために必要な案内役であり道である「展望」で、五百年前、ヨーロッパに集中して、天分を発揮して社会秩序をひっくり返した、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロたちが決定的な瞬間を生きていた時代を、「以前にも経験したことがある」と認識して、現代の「展望」を得ることである。と言うのである。

   このような問題に入る前に、著者たちが語っている個々のトピックスで興味深いポイントにつて、少しずつ考えてみたいと思う。
   初めは、トランプが拘っているメキシコ国境の壁の構築や怒涛のように流れ込むシリアなど中東やアフリカからの難民など移民の問題である。

   ルネサンス期だが、(この本では、1450~1550年)、ヨーロッパ内部では、まず、
   1453年、オスマン帝国のコンスタンチノープル征服による東ローマ帝国の滅亡によって、多くのギリシャ人が、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマなど、イタリアの都市を目指して逃げてきた。
   東ローマ帝国は、古代ローマ帝国の東半分のローマ帝国の後継国家だが、ギリシャ人の国家であったので、この時、貴重な古代ギリシャの文化文明の遺産の多くが、イタリア社会に伝播して、ルネサンスの先駆けを演じたのである。
   以前に、ルネサンスは、ギリシャ文化を継承したイスラムから多くの影響を受けて華開いたと書いたことがあるが、このギリシャ人移民の影響も絶大だったのであろう。

   次に、注目すべきは、1492年、フェルディナンド2世とイサベル1世によるグラナダ陥落によって、スペインが統一されて、1478年から始まっていたカトリックの純粋性を旨とした異端審問と異教徒追放で、国内のユダヤ教徒に対して、改宗するか4か月以内に国外退去するかの選択を迫り、1502年にイスラム教徒へも改宗か国外退去化を迫ったので、20万人と言うユダヤ教徒を筆頭に多くの豊かな市民や有能な人材がスペインを離れたことである。
   このブログで、「何故オランダがかって世界帝国になったのか」で書いたのだが、
   1579年に建国したオランダには、元々、国の教会もなければ、ユトレヒト同盟で、信仰は自由であり、その信ずる宗教によって捜査や弾圧の対象にもなければ、改革派教会への改宗の強制も、非改宗者への罰金もないと規定されており、この例外とも言うべき宗教的寛容政策のお蔭で、ヨーロッパ中から、多くの有能な起業家精神あふれるユダヤ人など被差別民が、大挙して流入して来た。   
   特に、当時時めく一等国のスペインから追われた豊かなユダヤ人は、世界で最も裕福で、優雅で博識、洗練された商人や金融業者であったので、膨大な資金を新国家に注ぎ込み、一挙に、オランダを経済大国にのし上げた。
   1557年にスペイン王室が破産して、再び追放したユダヤ金融に頼らざるを得なくなったのであるから、皮肉と言うべきか、スペインんの今も変わらない「アスタ・マニアーナ」国民気質の悲劇であろう。

   もう一つの民族大移動を策したのは、悪名高い大西洋奴隷貿易。
   大航海時代の幕開け、コロンブスのアメリカ大陸発見からほんの数年後に始まった歴史上の人類最大の汚点、
   大々的なグローバル経済の展開に大貢献したかもしれないが、これについては、今回触れないこととする。

   さて、現代の移住の倫理だが、過去500年で完全に変わったと言う。
   特に、難民など選択の余地のない状況で故郷を離れざるを得ない者を除けば、より高い賃金や良質な生活を求めて、遥かに自由な理由で移動を決める経済的移住者で、お返しに外国経済の成長と活性化に貢献している。というのである。
   今回は触れないが、移民の場合には、有能な人材が国外へ向かうと言う頭脳流出のケースが多いのだが、必ずしも本国にとってマイナスばかりではなく、国内送金による経済的恩恵や、インドのように、在米の印僑が国内経済の活性化や発展向上に大いに貢献すると言うケースもある。
   これらのことは、アメリカや拡大EUでは、言えることであろうが、経済が成熟期に入って経済成長が止まり、国家財政が悪化しつつある今日では、難民などの流入が問題を惹起して、反移民運動が渦巻き始めて、西欧社会の危機を招いている。

   トランプは、メキシコなど中南米の難民の流入のみならず、有能な外国人へのビザ発給制限を行うなど、アメリカ・ファーストで、移民政策にネガティブだが、移民流入によって、最も利益を享受しているのは、アメリカ自身であることを考えれば愚の骨頂と言うべきであろうか。
   グーグル、インテル、ペイパル、テスラの創業者は、皆移民だし、シリコンバレーの全新興企業の過半、過去10年に創設されたアメリカの全テクノロジーおよび工学系の企業の25%で、移民が経営のトップに立っている。全米のノーベル賞受賞者、米国科学アカデミー会員、アカデミー賞受賞監督に占める移民アメリカ人の数は、現地生まれのアメリカ人の3倍だと言うから、アメリカ社会と言うか、アメリカそのものが、文化多様性とイノベイティブなDNAを投入した移民に支えられてきたと言うことであろう。

   著者たちは、移住の原動力の第1は、金銭上の理由、第2の原動力は、世界の発展と人口増加、第3の原動力は、切羽詰まった事態である。と言うのだが、問題は第3。
   災害や迫害があれば、最早安全を保障してくれない故郷を捨てざるを得ない。
   シリア内戦を逃れた何百万人の難民、リビア、エリトリア、イラク、アフガニスタン等々、雪崩を打ったようにヨーロッパへ押し寄せる難民問題を、どうするのか。
   今や、ヨーロッパ社会をも危機に巻き込んで、文化文明を震撼させている。
   
   シリア内戦などは、冷戦が終わったとは言っても、米ロの代理戦争であって、シリアの軍事基地を維持したいロシアが、アサド政権支持を覆さない限り終結不能であるし、無政府状態のアフリカ諸国にはどうして秩序を確立するのか、
   民主主義国家間には諍いはあっても戦争はないと言うが、世界には、まだまだ、独裁国家や民主主義から程遠い未開国家が存在しており、
   著者たちは、何も言わないが、   
   ルネサンスは、「善と悪、天才とリスクをはらんだ、大きな成功と大きな失敗のどちらかに転ぶか分からない未来に向けた戦いであった」と言うから、
   第2のルネサンスのこの問題は、自分たちで考えろと言うことであろうか。

   豊かな太平天国で惰眠を貪っている富者も、生きるか死ぬか地中海の荒波を木っ端のような小舟で呻いている難民も、同じ宇宙船地球号の同乗者であって、運命共同体であると言うことは忘れてはならない、このことだけは確かである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする