熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

テクノロジーの世界経済史 ビル・ゲイツのパラドックス:ルネサンスとイノベーション

2022年04月24日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   カール・B・フレイ の「テクノロジーの世界経済史 ビル・ゲイツのパラドックス」
   原題は、The Technology Trap: Capital, Labor, and Power in the Age of Automation
   テクノロジーの罠 オートメーション時代のキャピタル、レイバー&パワー

   技術の進歩に対して人々はどう対処するか 所得が増えるか減るかによって左右され、一般的には、イノベーションが、補完技術の場合には反発が少なく、置換技術の場合には激しく反発する傾向があり、その歴史的趨勢を過去数世紀にわたって検証したのがこの本。
   人間の労働に置き換わる技術が抵抗され阻止されるかどうかは、この技術で得をするのは誰か、社会の中で政治的な力を持って居るのは誰かによって決まるとして、産業革命時に、激しい労働者による反対運動ラッダイトに遭遇したが、結局成功しなかったのは、労働者達が政治的影響力を持ち合わせておらず、逆に、機械化によって利益を得る側がはじめて政治的影響力を手にして押し切ったからだと言う指摘が興味深い。
   千年にわたって経済成長が滞っていた理由の一つは、労働置換技術は社会を不安定化させかねないとして、絶えず激しい抵抗に遭ってきたのだが、世界がこのテクノロジーの罠に陥っていたからだとして、
   欧米先進国は、21世紀の今、又、このテクノロジーの罠に陥ろうとしているのか、と言うのが著者の問題意識である。

   邦訳でも600ページを超す意欲的な大著で、イノベーションの歴史論としても興味が尽きないのだが、今回は、まず、文化文明が華開いたルネサンス時代に、イノベーションが鳴りを潜めていたことについて考えてみたいと思う。

   エジソンが、「天才とは1%の閃きと99%の汗である」と言ったが、この言葉はルネサンス期のヨーロッパには当てはまらない。むしろ逆だった。閃き、すなわち、アイデアと図面だけならいくらであったが、それが汗と共に試作品になることは滅多になかった。技術的には斬新な発想と豊かな想像力に溢れていたにも拘わらず、実現したものは殆どなかった時代と総括して良かろうと言うのである。
   中世は産業革命期に劣らず創造的な時代で、外輪船、計算機、パラシュート、万年筆、蒸気自動車、ボールベアリングは総べてこの時代に考案されていたが、これらのアイデアは経済に殆ど影響を与えることなく、実用化されなかった。

   ルネサンスは、当初は、文芸運動として始まり、この期の技術進歩は、その前に発明された印刷技術に負うところが多く、印刷機の普及で、人類史上はじめて大量の技術書が発行されて、ダム、ポンプ、水道管、トンネルなどの詳細な説明や技術説明など提供され、特に、力学の実践的な知識は卓越していたが、実際に機械として導入されることはなく、経済成長にインパクトを与えることもなく、どれも、労働者に置き換わるタイプではなかった。

   ところで、興味深い指摘は、ルネサンス期の技術について、経済学の観点から最も評価できるのは、人類史上最大の発明の一つである蒸気機関への筋道を付けたことである。蒸気機関に繋がる科学的発明は、ガリレオと弟子のエヴァンジェリスタ・トリチェリから始まった気圧計の考案で、大気には重さがあることを発見したことだという。もう一つ、ガリレオの偉大な発明は、力学の法則である。

   生産性の向上に対する技術の進歩に関する限り、大方の技術が労働の節約より資本の節約になったという点で、ルネサンスは、中世の延長線上にあったと言うことである。
   太古以来、革新的技術の萌芽は数々あれども、産業革命以降、技術の主要な役割は、産業プロセス、製品、サービスの改善などになったものの、それ以前の文明は、工業化に対して殆ど関心がなく、かっての新技術の大半は経済とは無関係であった。
   政治指導者が重視したのは、公共事業を推進することであって、生産性の向上ではなかった。したがって、古代の技術は、個人の利益ではなく公共の目的のために開発されたものが圧倒的に多かった。

   素晴しい発明発見が生まれても、ギリシャもローマも、工業に関心がなかったので、工業技術の発展には殆ど寄与しておらず、その傾向が中世からルネサンスに至っても継承されていたので、今日の概念で言うところのイノベーションの花が、開かなかったということである。
   文化文明の十字路フィレンツェで炸裂した偉大なルネサンスが、文化芸術の分野で途轍もない偉大な人類の奇跡を生み出したが、経済的技術的には、そうでもなかったという興味深いはなしである。
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