熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

リチャード・ボールドウィン著「世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション」

2022年04月18日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   イノベーション・産業革命をグローバリズムと絡ませた興味深い世界経済発展論。
   ICT革命によって、グローバリゼーションが大きく様変わりし、世界経済が大収斂したという簡明な理論展開に説得力があって面白い。
   原題は、The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization

   人類の歴史の発展は、モノ、アイデア、ヒトを、距離の束縛から如何に解放するるかに掛かっていた。
   成長を始動し始めた農業革命だが、まだ、この時には、人類が距離の束縛のもとに、生産と消費は空間的に集積することを余儀なくされて、モノ、アイデア、ヒトを移動させることは、あまりにも危険で、あまりにもコストが高くつき、貿易が行われても、珍品、希少品、贅沢品に集中していて、殆ど異動がなかった。
   しかし、テクノロジーが進化すると、モノ、アイデア、ヒトの移動コストが下がっていったが、3要素が総べて同時に下がったわけではない。

   まず、第一のグローバリゼーションの飛躍期は、1820年頃から、蒸気革命によって、モノを移動させるコストが急速に下がり、消費地の近くでモノを作る必要がなくなり、これを引き金に、グローバリゼーションの第一のアンバンドリングが始まり、モノの生産と消費が空間的に切り離された。産業は、今日の豊かな国に集積し、この工業化からイノベーション主導型の成長が始まり、成長発展が特定の先進国に止まり、この成長の不均衡がわずか数十年で大分岐を引き起こして、過去一世紀半に亘って歴史に類を見ない南北の所得の不均衡を生み出した。

   だが、1990年以降、ICT革命によって、通信コストと調整コストが急速に下がり、アイデアの移動が容易になり、製造工程の大部分を同じ工場や工業地域の中で実行する必要がなくなり、第二のアンバンドリングが始まって、オフショアリングによって、生産工程の国際分散が進んでいった。膨大な量の知識技術やノウハウが、北から南へ、一握りの発展途上国にどっと流れて、G7企業の高度なテクノロジーが発展途上国の低い賃金と結びついた結果、世界の製造業の付加価値の多くが、北から南へシフトして、貧困層の大幅な引き上げを帰結した。先進国の競争の源泉である優れた管理や技術やマーケティングなどと発展途上国の比較優位の源泉たる低コストの労働力などとがうまく組み合わさって、グローバル・バリューチェーンを形成し、競争力の国境が引き直され、比較優位が無国籍化した。このニュー・グローバリゼーションによって、北は空洞化する一方、一握りの発展途上国が工業化して成長が加速化し、更に、コモディティ・スーパーサイクルが生まれて、商品輸出国の成長が離陸し、大いなる収斂が起きた。
   中国などの一部の新興国は、グローバル・バリューチェーンに加わることによって、アイデアや知識情報、技術等のスピルオーバーを受けて、従来の成長発展路線では達成不可能であった経済の急速な離陸・成長をショートカットで達成した。ICT革命によって、アイデアの急速膨大なフローが現出したこの新次元のグローバリゼーションが、ほぼ、今日の世界の現状である。

   しかし、まだ、距離がヒトの移動の障害となっており、北のアイデアやノウハウからあまりにも遠く離れているので、グローバル・バリューチェーン革命が、南アメリカとアフリカには及んでおらず、新次元のグローバリゼーションが及ぶ地理的範囲は限られている。
   ところで、先進国としての北だが、製造工程が発展途上国に移転して空洞化してサービス産業化している。したがって、北は、スマイルカーブの両端、即ち、製造前の活動である設計・資金調達・組織サービスなどと、製造後の活動であるマーケティングやアフターケアなど高度なサービス分野に知見や技術等ノウハウと強みを持っているので、これらに資源を集中して、アイデアや知識や情報が集積する都市を、多種多様な世界クラスのサービスの再結合を加速させる生産ハブとして、21世紀型の工場として位置づけるべきだという。

   この本で重要なのは、現状が不透明なので、中途半端な叙述に終っているのだが、19世紀にモノの移動コストが下がり第一のアンバンドリングが起こり、20世紀後半にアイデアの移動コストが急激に下がり第二のアンバンドリングが起こったように、ヒトの自由な移動、即ち、ヒトの移動コストが急激に下がれば、第三のアンバンドリングが始まる可能性が高く、次のグローバリゼーションが起こるという予感である。
   ある国の労働者が別の国のサービス・タスク(今日ではその場に物理的に居なければ出来ないタスク)を引き受けることになることで、労働サービスが労働者から物理的に切り離されることである。
   人間の分身に国境を飛び越えさせるテクノロジーであるテレロボティクス、テレプレゼンスでバーチャル移住させれば、ロンドンのホテルの部屋を、マニラで座っているメイドがコントロールするロボットで掃除する、アメリカのショッピングモールにいる警備員を、ペルーで座っている警備員が動かすので置き換えることが出来る。
   蒸気革命が、そして、ICT革命が、グローバリゼーションを大きくダイナミックに躍動されてきたが、片鱗を見せてきたバーチャルプレゼンス革命が、どのようにグローバリゼーションを変貌させるのか、次の世界経済の収斂が見え隠れしていて面白い。

   先にブックレビューした同著者の「GLOBOTICS (グロボティクス) 時代に生き残る仕事」には、遠隔移民などと、バーチャルプレゼンス革命について詳細に触れているのだが、この本も出版後5年を経過しているので、新版を期待したい。
   クルーグマンの弟子だというのだが、もう少し、経済学として踏み込んだ本になると面白いと思う。
   
コメント
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