熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

和田秀樹著「80歳の壁」(3)

2022年07月18日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   興味深いのは、和田先生の認知症についての見解である。
   親族の中にも、友人知人の中にも、認知症になったりなっている人がいるので、今、自分には関係がないとしても、多少は知っておいて損はない。
   認知症は、老化現象であって、人間誰にも生じる病気であって避けられず、生存期間に起こるか起こらないかだけの差だというのである。

   認知症は、多くの場合、「もの忘れ」から始まる。
   その次に起こるのは、「先見当職」、場所とか時間の感覚が悪くなり、道に迷うとか、いまの時間が分からなくなる現象で、たとえば、夜中に起きても朝だと思って外出しようとしたりする。
   次に起こるのは、「知能低下」、本を読んでも読めない、テレビを見ても意味が分からないと言う現象である。
   しかし、5分前のことを憶えていないのに、話してみるとちゃんと会話ができるし、「文藝春秋」を読んで、理路整然と意見を言ったりする。知能は、まだ、しっかりしているのである。ボケているからと、家族みんなで悪口を言っていると、筒抜けだし、まだまだ、残存機能は沢山残されている。

   高齢になると、機能面は衰えるかも知れないが、人生を生き抜いてきた知恵は衰えないので、知恵がらみのことに関しては、認知症の症状が出てからでも優秀な人が結構な割合でいる。レーガン元大統領やサッチャー元首相も、在任中も、おそらく軽度の記憶障害くらいはあったはずである。認知症でも、大統領や首相が務まる。と言うのであるから、今を時めく高齢の為政者や企業トップなどにも、認知症がらみのリーダーが存在すると考えられるのであろうか。
   問題は、「記憶は苦手だが判断はできる、勘違いが増えることによって、詐欺などにあいやすくなる」という指摘である。振り込み詐欺についての注意は受けているのだが、そのことは忘れてしまって、詐欺師の巧妙な説得手口に載せられてサインしてしまう。前に言われたことと現在の話を比較するのが難しくなって、そのための勘違いや、総合的な判断の誤りが起こりやすくなる。と言うのである。
   いずれにしろ、老害はあるのであろうから、極力避けたいものである。

   認知症を遅らせる方法は、薬よりも頭を使う方が有効である。と言う。
   認知症だと早期発見しても、医療の力では「どうすることもできない」のであるから、認知症と診断された途端に、周囲の人が態度を変えたり、役割などを取り上げたりするので、むしろ医者に行かない方が良い。認知症の進行を遅らせる最高の方法は、頭を使ったり、体を動かしたりし続けることである。
   和田先生は、東京と鹿嶋の患者を比較して、鹿嶋の人の方が認知症の進行が遅いのは、東京のように家に閉じ込められるのとは違って、従前と変らない生活をしていて、体で覚えたことは認知症になってからも変らずに出来るし、頭も使う。この差だという。

   興味深いのは、認知症はある種の「子ども返り」のようなところがあって、ボケてからの方が死が怖くなるので、意外に事故が少ないという指摘である。動物と同じで、クルマが来たら咄嗟に逃げるのは生存本能であり、「認知症だから判断が遅れて轢かれたのだろう」と運転手がウソをついても分かると言うこともあろうか。

   最後に、和田先生の尊厳死宣言を引いておきたい。
   私は自分が納得でき、満足できる人生をまっとうしたいので、薬は飲みません。具合が悪くなったら病院にはいくけど、検査はしません。美味しく食べられるうちは、好きなものを食べます。お酒も飲みます。タバコも吸います。私の人生ですし、ここまで頑張ってきたのですから、私のしたいように生きさせてください。
   
   そこまで、腹をくくる自信はないが、水が流れるように生きて逝きたいと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする