
私としては、久しぶりの国立名人会鑑賞である。
トリが小三治であるから、チケット取得は至難の業。ネット販売開始後2~30秒間の勝負で得たチャンスであるから、貴重な機会なのである。
当日のプログラムは、次の通り。

前の小菊の粋曲に、久しぶりに新鮮な驚きを感じたと語って、
「そそっかしい」とは、英語でどう言うか、フランス語なら、あるかもしれない。と語り始めた。
本日のお題は、「粗忽長屋」なので、そそっかしい主人公が登場する。
小三治師匠は、そそっかしいのには2種類あって、まめでそそっかしいのと、不精なそそっかしいとがあると言って、用件も何も聞かずに郵便局へ突っ走る者や、風呂へ行くのに手ぬぐいを頼むが頓珍漢な話などを語りながら、面白かったのは、
兄弟子が、いつも怒られているので、起死回生、この時とばかりに、師匠に、「上着を取ってくれ」と言われたのを、何を勘違いしたのか、上着を「ウナギ」と間違えて、勇んで「鰻」を取ったと言う話。
私など、こんな話が好きで、師匠も言っていたが、そそっかしいには、思いやりや何か含みがあって暖かいものが宿っている感じがするのだが、今のように、ギスギスした世の中より、遥かに幸せであただろうと思う。
さて、「粗忽」だが、広辞苑によると、次の通り。
①あわただしいこと。あわただしく事を行うこと。毎月抄「―の事は必ず後難侍るべし」
②軽はずみなこと。そそう。軽率。浄瑠璃、国性爺合戦「鉄砲はなすな―すな」。「―をわびる」
③ぶしつけなこと。失礼。狂言、米市「ちかごろ―な申しごとながら」
【粗忽者】そそっかしい人。
【粗忽長屋】落語。浅草で行き倒れを見た八っつぁんが、それを同じ長屋の熊さんと思い込む。八っつぁんに連れられて死骸を引き取りに来た熊さんも、死体と自分の見分けがつかなくなるという話。と言う丁寧な説明もある。
大辞林には、
(1)軽はずみなこと。注意や思慮がゆきとどかないこと。また,そのさま。「―な人」
(2)不注意なために起こったあやまち。そそう。
【粗忽者】そそっかしい人。あわてもの。
この「粗忽長屋」の八っつぁんも熊さんも、そそっかしいと言うよりも、「思慮がゆきとどかない」あほとちゃうかと言う人間離れした天然記念物のような人物で、奇想天外なstory展開を編み出した作者に脱帽である。
とにかく、行き倒れを見た八っつぁんが、隣に住む熊さんに違いないと確信して、本人に見せて確認しようと長屋へ引き返して、お前は粗忽ものだから死んだことさえ分かっていないと、無理やり現場に連れてきて、やってきた熊五郎も困惑してしまって、仏を抱き上げて、「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」
そそっかしいを普通に英語で言うと、careless、thoughtless
しかし、日本語とは、大分ニュアンスが違う。
それに、そそっかしい人を辞書で引くと、scatterbrain
馴染みのない単語なのだが、日本語の「そそっかしい」にしても、シチュエーションによって、色々なニュアンスや色合いがあるので、英語でも、一単語で表現できるはずもなかろう。
まして、この落語「粗忽長屋」に登場する八っつぁんや熊さんのように、ネジが何本か飛んでしまってタガの外れた常識さえ持ち合わせていない人物の粗忽ぶりは、日本語でも、到底、説明は勿論、適切な表現など出来う筈がない。
とにかく、八っつぁんの言うこと、考えていることは、それなりに理屈も筋も通っているので、これを、常識人の役人が受け答えして、また、同様にタガの外れた熊五郎を説得するあたりの、畳みかけるような語り口など絶妙で、このあたりの人間国宝の語り口、芸の冴えは流石で、理屈抜きで引き込まれて行く。
Youtubeを見ると、小さん、談志、小三治、と言った師弟の「粗忽長屋」が、見られる。
同じストーリー展開だが、この録画では、小三治は、まくらが長すぎて、前段を端折って、行き倒れとの出会いから話をし始めて短縮して、10分くらいで終えていたが、今回の高座は、30分十分に語り切った。
ところで、小さんと談志の録画を聴いていて、両師匠とも、独特なクセと言うか個性が滲み出ているのだが、私には、小三治師には、そのようなクセなりアクの強さなどは全くなくて、緩急自在の心地よいテンポで、ストレートと言うか正攻法の語り口で、非常に爽やかで楽しめるのである。
今、日経の新聞小説が、伊集院静の「みちくさ先生」。
主人公は、夏目漱石で、落語が好きで、子供の時から寄席に通い詰めていたと言う。
私の場合には、クラシック音楽、オペラ、歌舞伎と文楽、能と狂言と行脚を続けて、そして、何十年も経って、やっと、落語や講談にたどり着いた。
最近は、面白くなってきたので楽しみである。
漫才は、上方漫才で、もう、半世紀以上前からだが、大阪へ行く機会が減って、吉本にも縁遠くなってしまった。
今では、同じ行くなら、花月よりも、国立文楽劇場になってしまう。
トリが小三治であるから、チケット取得は至難の業。ネット販売開始後2~30秒間の勝負で得たチャンスであるから、貴重な機会なのである。
当日のプログラムは、次の通り。

前の小菊の粋曲に、久しぶりに新鮮な驚きを感じたと語って、
「そそっかしい」とは、英語でどう言うか、フランス語なら、あるかもしれない。と語り始めた。
本日のお題は、「粗忽長屋」なので、そそっかしい主人公が登場する。
小三治師匠は、そそっかしいのには2種類あって、まめでそそっかしいのと、不精なそそっかしいとがあると言って、用件も何も聞かずに郵便局へ突っ走る者や、風呂へ行くのに手ぬぐいを頼むが頓珍漢な話などを語りながら、面白かったのは、
兄弟子が、いつも怒られているので、起死回生、この時とばかりに、師匠に、「上着を取ってくれ」と言われたのを、何を勘違いしたのか、上着を「ウナギ」と間違えて、勇んで「鰻」を取ったと言う話。
私など、こんな話が好きで、師匠も言っていたが、そそっかしいには、思いやりや何か含みがあって暖かいものが宿っている感じがするのだが、今のように、ギスギスした世の中より、遥かに幸せであただろうと思う。
さて、「粗忽」だが、広辞苑によると、次の通り。
①あわただしいこと。あわただしく事を行うこと。毎月抄「―の事は必ず後難侍るべし」
②軽はずみなこと。そそう。軽率。浄瑠璃、国性爺合戦「鉄砲はなすな―すな」。「―をわびる」
③ぶしつけなこと。失礼。狂言、米市「ちかごろ―な申しごとながら」
【粗忽者】そそっかしい人。
【粗忽長屋】落語。浅草で行き倒れを見た八っつぁんが、それを同じ長屋の熊さんと思い込む。八っつぁんに連れられて死骸を引き取りに来た熊さんも、死体と自分の見分けがつかなくなるという話。と言う丁寧な説明もある。
大辞林には、
(1)軽はずみなこと。注意や思慮がゆきとどかないこと。また,そのさま。「―な人」
(2)不注意なために起こったあやまち。そそう。
【粗忽者】そそっかしい人。あわてもの。
この「粗忽長屋」の八っつぁんも熊さんも、そそっかしいと言うよりも、「思慮がゆきとどかない」あほとちゃうかと言う人間離れした天然記念物のような人物で、奇想天外なstory展開を編み出した作者に脱帽である。
とにかく、行き倒れを見た八っつぁんが、隣に住む熊さんに違いないと確信して、本人に見せて確認しようと長屋へ引き返して、お前は粗忽ものだから死んだことさえ分かっていないと、無理やり現場に連れてきて、やってきた熊五郎も困惑してしまって、仏を抱き上げて、「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」
そそっかしいを普通に英語で言うと、careless、thoughtless
しかし、日本語とは、大分ニュアンスが違う。
それに、そそっかしい人を辞書で引くと、scatterbrain
馴染みのない単語なのだが、日本語の「そそっかしい」にしても、シチュエーションによって、色々なニュアンスや色合いがあるので、英語でも、一単語で表現できるはずもなかろう。
まして、この落語「粗忽長屋」に登場する八っつぁんや熊さんのように、ネジが何本か飛んでしまってタガの外れた常識さえ持ち合わせていない人物の粗忽ぶりは、日本語でも、到底、説明は勿論、適切な表現など出来う筈がない。
とにかく、八っつぁんの言うこと、考えていることは、それなりに理屈も筋も通っているので、これを、常識人の役人が受け答えして、また、同様にタガの外れた熊五郎を説得するあたりの、畳みかけるような語り口など絶妙で、このあたりの人間国宝の語り口、芸の冴えは流石で、理屈抜きで引き込まれて行く。
Youtubeを見ると、小さん、談志、小三治、と言った師弟の「粗忽長屋」が、見られる。
同じストーリー展開だが、この録画では、小三治は、まくらが長すぎて、前段を端折って、行き倒れとの出会いから話をし始めて短縮して、10分くらいで終えていたが、今回の高座は、30分十分に語り切った。
ところで、小さんと談志の録画を聴いていて、両師匠とも、独特なクセと言うか個性が滲み出ているのだが、私には、小三治師には、そのようなクセなりアクの強さなどは全くなくて、緩急自在の心地よいテンポで、ストレートと言うか正攻法の語り口で、非常に爽やかで楽しめるのである。
今、日経の新聞小説が、伊集院静の「みちくさ先生」。
主人公は、夏目漱石で、落語が好きで、子供の時から寄席に通い詰めていたと言う。
私の場合には、クラシック音楽、オペラ、歌舞伎と文楽、能と狂言と行脚を続けて、そして、何十年も経って、やっと、落語や講談にたどり着いた。
最近は、面白くなってきたので楽しみである。
漫才は、上方漫才で、もう、半世紀以上前からだが、大阪へ行く機会が減って、吉本にも縁遠くなってしまった。
今では、同じ行くなら、花月よりも、国立文楽劇場になってしまう。
