熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ラグジャム・ラジャン:フレンドショアリングにNO

2022年06月07日 | 政治・経済・社会
   前インド中銀総裁のラグジャム・ラジャン教授が、プロジェクト・シンジケートに「Just Say No to “Friend-Shoring”」を投稿した。
   近年の世界的なサプライチェーンへの大きな衝撃で、政府が、より強力な経済回復力を構築し、重要な投入物の継続的な供給を確保するために、新しい政策を模索している。しかし、自由で公正な貿易を放棄してしまえば、何の役にも立たない。「フレンドショアリングにNOと言ってくれ」というのである。

   この“Friend-Shoring”と言う言葉だが、企業が業務を海外に移す「オフショアリング」になぞらえた表現で、緊密な政治的パートナーである国を通じてのみサプライチェーンを運営するというビジネス戦略用語であるから、自由貿易の対極にある保護主義である。
   イエレン米財務長官が講演で、「自由だが安全な貿易体制」を実現するため、サプライチェーンを「信頼できる国々」で再構築することを提案し、これを、物資の供給先や調達元を中露などの敵対国から友好国に移す意味で「フレンドショアリング(以降、FSと略称)」と呼び、ウクライナ戦争下での新冷戦戦略を提示したので、衆目の注目を集めて、外交界にショックが走った。

   これは、憂うべき発言である。
   グローバリゼーションの進展のお陰で、関税の引き下げと輸送および通信コストの削減によって可能になった今日のグローバルサプライチェーンは、企業が最も安価な場所で商品を製造できるようにして生産システムを変革した。一般的に、高付加価値のインプット(研究開発、設計、広告、金融など)が先進国で調達され、製造業は新興市場や発展途上国に移動して、最終製品は大幅に安価になった。
   同時に、開発途上国は、最も貴重な資源である低コストの労働力を使用して、生産プロセスに参加した。労働者がスキルを習得するにつれて、自社の製造業者はより洗練された生産プロセスに移行し、バリューチェーンの階層をアップし、労働者の収入が増えるにつれてより豊かな国の製品を購入出来るようになった。

   尤も、自由な貿易は、純利益はもたらすものの、利益と損失の分配は不平等で、貿易は単に「ウィンウィン」ではなく、中国の貧困層を救済した反面アメリカのラストベルトを破壊に追い込み、また、先進国の知識労働者は、高価値製品の市場が成長するにつれて、より高い収入を得る一方、未熟練者は排除されるなど経済格差を拡大させた。
   また、近年、グローバルなサプライチェーンは新たな脆弱性を示しており、効率を最大化するという願望故に、企業は、レジリエンスを見落としてきた。気候災害(洪水、干ばつ、山火事など)やパンデミックによる封鎖などの大規模な衝撃には対応できず、「ジャストインタイム」と言った効率的なサプライチェーンの多くのネックや欠陥が浮き彫りになってきた。企業は現在、追加のバッファーとして在庫を増やすべきかどうかを検討したり、国全体で生産場所を多様化することによってボトルネックを減らし、インプットをより代替可能にすることによって柔軟性を高める方法を探すなど民間部門の対応で、グローバルなサプライチェーンの実行可能性を維持しようとしている。

   しかし、米中対立を始め東西貿易の緊張などで復活しつつある保護貿易主義は、新しい地政学的な競争によって覆い隠されながら、どんどん増強されてきており、
   企業のCEOが、グローバルなサプライチェーンの価値の再考に十分注意を払えなければ、政府によるFS支援の擁護は増大しよう。確かに、国家安全保障は決して軽視することはできないし、国防に不可欠な商品やサービスが国内で、または友好国によって生産されることを保証することは、国にとって合法である。しかし、問題は、「本質的」が、保護貿易主義の利益によって拡大され、鉄鋼やアルミニウムのような広く生産されている一般商品さえも含むようになると貿易そのものを損ねる。
   今後のFSがそのような広い分類を適用することになれば、それらは国際貿易に壊滅的な影響を与える。結局のところ、FSは通常、同様の価値観や制度を持つ国との取引を意味し、実際には、同様の開発レベルの国とのみ取引することを意味する。グローバルサプライチェーンのメリットは、所得水準が大きく異なる国々が関与するという事実に端を発しており、ある国の博士課程の研究者や、別の人の熟練していない組立ラインの労働者など、それぞれが生産プロセスに比較優位をもたらすことができることである。しかし、FSはこのダイナミックさを排除する。

   また、FSは、より豊かで民主的なものになるために世界貿易を最も必要とする貧しい国々を排除する傾向がある。それは、これらの国々が失敗国家であり、テロリズムを育み、排出するための温床になるリスクを高めるであろうし、混沌とした暴力が増えるにつれ、大量移民の悲劇が起こりやすくなる。
   国家安全保障に直接影響を与える特定の項目に厳密に限定されている場合には、FSは理解できるポリシーではあるが、残念ながら、この用語の一般的な受けとめでは、他の多くのことをカバーするために使用されることは、すでに示唆されている。

   ラジャン教授は、グローバルチェーンで既存の経済的相互依存関係にあれば、戦略地政学的なライバルが互いにミサイルを発射することをより消極的にする可能性があると言って、
   フリードマンが、「マクドナルドのある国同士は戦争しない」と言った理論を踏襲しているのだが、今やそんな暢気な国際情勢ではないし、また、平和で豊かな国は失うものが多いので戦争しないと言った理論も、ロシアのウクライナ侵攻で、夢と消えてしまった。多くのオブザーバーは、制裁がロシアに与えている損害を目の当たりにした今、中国が台湾を侵略する前に二度考えるだろうと言う。

   益々、泥沼に嵌まり込んだウクライナ戦争に対して、ロシアに課された経済政策のポイントが、半導体などのハイテク資機材産業のロシア圏からの隔離政策が、“Friend-Shoring”の要諦だが、この政策が、一時的なものであれば、問題は、それ程深刻にはならないが、グローバルサプライチェーンを破壊するような保護貿易に至るようでは、大変なことになる。
   ラジャン教授は、語っていないが、これは、グローバル経済の問題と言うよりは、グローバル政治の問題である。
   傑出したグローバルリーダーの欠如が、Gゼロ時代の最大の悲劇である。
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