
前回は草月会館ホールであったが、今回は2回目、明治座なので一寸雰囲気が違う。
瀬戸内寂聴の現代語訳による「源氏物語」の「朧月夜、明石の君、末摘花」の活躍する部分を構成して展開されている優雅な白石加代子の一人舞台。
舞台は、銀河系の天の川をモチーフにしたバックに、沢山のポールに固定された色鮮やかな50ばかりの「扇」。この扇が、庭園になったり、部屋になったり、船になったり、一人の黒衣によって巧みに操られる。
嵐になると扇の柱が小刻みに揺れて、床に倒れる。末摘花の落ちぶれた庭になると扇が少しづつ消えて行き、華やかな舞台になると満艦飾の様に扇が輝く。金銀をバックに色々な絵模様が描かれた扇が、舞台の展開に応じて変わってゆく。
朗朗と、抑揚豊かな白石加代子の語りを盛り上げるのがバックの音楽と擬音。笛、小鼓、小太鼓、琵琶の音に加えて、嵐や鳥や動物の鳴き声等の擬音が雰囲気を盛り上げている。
そして、心憎いまでに抑揚の効いた照明。王朝時代の優雅さとけだるさ、悲しさを表出している。
白石加代子の至芸と言うべきか、台本を持って舞台に立つが、この台本はあくまで小道具。白石加代子の平成の語り部としての語り、そして、豊かに情感を込めて演じる一人舞台が、源氏の華やかでどこか物悲しい王朝の夢の世界を醸し出していて、最後まで飽きさせない。
朧月夜とのエロティックで優雅な恋、末摘花との可笑しいしかし一寸物悲しく寂しい恋、典侍とのコミカルな恋、明石の君との大人の恋、そんな恋物語をモティーフに白石加代子の語りと演技が冴えている。
2幕冒頭の須磨・明石の段の嵐の模様など、舞台展開の妙は流石で緩急自在、兎に角、2時間の舞台に、紫式部が表出した王朝文学「源氏物語」を凝縮している。
市川海老蔵の歌舞伎も、瀬戸内寂聴訳を使用しており、この舞台も華やかで美しく、楽しませてもらったが、白石加代子の舞台は、一人舞台で、舞台セットを省略しており、語りだけでこれだけ水準の高い演技をしており、どこか、イギリスのシェイクスピアの舞台に近いような気がした。
随分前であるが、ベニサンピットで見た、蜷川幸雄演出のシェイクスピア「真夏の夜の夢」で白石加代子が妖精の女王「タイターニア」を演じていたのを思い出した。
白石加代子、世界に通用する日本の誇るべき素晴らしい女優だと思っている。
瀬戸内寂聴の現代語訳による「源氏物語」の「朧月夜、明石の君、末摘花」の活躍する部分を構成して展開されている優雅な白石加代子の一人舞台。
舞台は、銀河系の天の川をモチーフにしたバックに、沢山のポールに固定された色鮮やかな50ばかりの「扇」。この扇が、庭園になったり、部屋になったり、船になったり、一人の黒衣によって巧みに操られる。
嵐になると扇の柱が小刻みに揺れて、床に倒れる。末摘花の落ちぶれた庭になると扇が少しづつ消えて行き、華やかな舞台になると満艦飾の様に扇が輝く。金銀をバックに色々な絵模様が描かれた扇が、舞台の展開に応じて変わってゆく。
朗朗と、抑揚豊かな白石加代子の語りを盛り上げるのがバックの音楽と擬音。笛、小鼓、小太鼓、琵琶の音に加えて、嵐や鳥や動物の鳴き声等の擬音が雰囲気を盛り上げている。
そして、心憎いまでに抑揚の効いた照明。王朝時代の優雅さとけだるさ、悲しさを表出している。
白石加代子の至芸と言うべきか、台本を持って舞台に立つが、この台本はあくまで小道具。白石加代子の平成の語り部としての語り、そして、豊かに情感を込めて演じる一人舞台が、源氏の華やかでどこか物悲しい王朝の夢の世界を醸し出していて、最後まで飽きさせない。
朧月夜とのエロティックで優雅な恋、末摘花との可笑しいしかし一寸物悲しく寂しい恋、典侍とのコミカルな恋、明石の君との大人の恋、そんな恋物語をモティーフに白石加代子の語りと演技が冴えている。
2幕冒頭の須磨・明石の段の嵐の模様など、舞台展開の妙は流石で緩急自在、兎に角、2時間の舞台に、紫式部が表出した王朝文学「源氏物語」を凝縮している。
市川海老蔵の歌舞伎も、瀬戸内寂聴訳を使用しており、この舞台も華やかで美しく、楽しませてもらったが、白石加代子の舞台は、一人舞台で、舞台セットを省略しており、語りだけでこれだけ水準の高い演技をしており、どこか、イギリスのシェイクスピアの舞台に近いような気がした。
随分前であるが、ベニサンピットで見た、蜷川幸雄演出のシェイクスピア「真夏の夜の夢」で白石加代子が妖精の女王「タイターニア」を演じていたのを思い出した。
白石加代子、世界に通用する日本の誇るべき素晴らしい女優だと思っている。