地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

小田急4000形ありし頃 (新4000発表記念)

2007-02-06 22:49:00 | 大手民鉄 (小田急)


 きのう小田急の公式HPにて、かねてから登場が噂されていた次世代の千代田線直通用車両・新4000形が発表されました。E233系ベースの10両固定編成を7本投入するということで、長年にわたる小田急利用者としては「これでますます小田急の車両から小田急らしさが遠ざかってしまう……」「これで5000形・5200形が一気に70両消えて行くのか……」という悲しさが頭をよぎったのですが、やはり余りにも没個性的な姿の3000形が大増殖を続けていることに食傷気味な手前、より表情があるマスクの新型車両の登場は基本的に歓迎です (^^;)。
 とりあえず今後は、果たしてE233ベースの新4000形が常磐線に直通するようになるのだろうかということに関心が集まりそうですね。7本も揃えるということは、多摩急行の増発 (20分間隔化?)→千代田線増発→悪名高き常磐緩行線の10分間隔化というドミノ効果も期待できそうです (妄想失礼 ^^;;)。



 しかしまぁ……4000という、ふつう他の私鉄ではほとんど使わない形式名が (例外はかつての日比谷線だけ?) 、花の千代田線直通車に採用されて大いに注目されることになったのを思うにつけ、04年12月までに運用を離脱した先代の4000形は、本当に地味な存在で終わったな……という思いが募ります。そこで、せめて当ブログだけでも、そんな先代の4000形をしのんでみることにしましょう。
 もともと4000形は、昭和43年頃から52年頃にかけて断続的に、小田急の半鋼製釣掛式電車の下回りの一部を流用することによって生まれた車両です。新製されたディスクブレーキのP-3台車 (ローマ数字は化けるのでアラビア数字で失礼 ^^;) と釣掛の轟音のギャップが印象的な電車でしたが、特に各停運用に入ることが多かったため、急行非停車駅利用者の私も大いに親しんだものです……。高校時代の毎日の通学も (そして、それに伴う甘酸っぱい記憶も) 釣掛4000形とともにありました (トシが……^^;)。
 その後、ちょうど私が高校を卒業して大学に入った頃、冷房化と下回りのカルダン駆動化 (2400形の下回りを流用) が終了し、運用上の制約が大幅になくなって急行から各停まで幅広く活躍するようになり、特に複々線化工事真っ直中の一番混雑がひどい時期を支えましたが、箱根登山線に入線できないことから、自ずと江ノ島線で運用されることが多かったですね~。
 というわけで、釣掛時代からの思い出の車体と2400形の下回りを組み合わせた4000形の独特の存在感は本当に好きだったのですが、3000形の増備により03年末から04年末にかけての僅か1年で全車廃車になってしまいました……。90両以上もあったのに何故あっという間に消えたのか……と愕然としたものです (T_T)。
 そして今や、5000形すら4000形と同じく急激な大量廃車に直面しているわけで……。これから日が柔らかくなる季節、東急8500系ともども集中的に記録しなければ……と思っています。