地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

京急1321F・マルーン編成を撮る@大師線

2008-07-25 06:02:00 | 大手民鉄 (京急)


 復活したマルーンといえば、ラッピングによる「なんちゃって」ではありますが、京急1321Fの存在を忘れるわけには行かないでしょう。登場当初は「京急発祥の地である大師線で主に走らせる」旨のアナウンスを頼りに大師線を訪れる方が続出したこの編成も、最近では日常化してほとんど話題にも上らなくなってしまったかの感があります (^^;)。しかし、運行期間は遅くとも来年春までとなっていますので (確か)、残りはあと半年少々 (時間が経つの早っ!)。夏の川崎は非常に暑いとはいえ、何とか時間を作って盛夏の表情を記録したいものです……。
 それにしてもこの編成の厄介なところは、日中になると運用数が半減する大師線で主に走るため、空振りを食らう確率が高いことです。いきなり訪れて運用に当たり、機織り運用に美味しい思いをされる方もおられるかと思えば、私のように当初何度訪れても空振りとなり、貧乏神の権化のような自分が恨めしく思えることもあるという……(-_-)。普段の行いが余りにも腹黒いため、川崎大師の御利益が得られないということですな、こりゃ……(苦笑)。



 しかし、とりあえずそんなトラウマも、既に港町での決めカット (1枚目) を撮影したことですっかり解消 (^^)。ただ、これを撮ったのも去る黄金週間の話だったりします……。はぁ、本当に撮り鉄する時間が少ない……(-_-;;)。
 なお、この日は当初薄曇りで、順光・逆光を気にせず撮り放題だ!と期待していたのですが、昼過ぎに港町で撮影したのを境に急速に天候がピーカンに向かってしまいました (苦笑)。午後の大師線では、向かってくる列車を順光で撮ることが出来ないことから、ド順光シーンはまた改めて、朝8時~10時台にでも撮ればよろしい……と開き直り、もっぱら後追いに専念 (^^;)。地下化工事の進展に伴いやがて見られなくなるであろう、東門前駅のシブいホーム上屋との組み合わせ (2枚目) もなかなか上手く決まりました (^^)。
 ともあれ、こんな感じで1321Fを追いかけていると、プレスリリース当初に抱いた「何だよこのラッピング……。プリントでシルヘッダーやリベット、そして木製ドアの凹凸を表現しようなんて、全く以てインチキだなぁ」という印象は完全にどこかへすっ飛んでしまいました (笑)。そう……とにかくこの手の「なんちゃってレトロ風」が辛うじて似合う京急の車両は、1000形が最後なのですから……。

養老鉄道・マルーンレッドの誘惑 (?)

2008-07-24 07:00:59 | 地方民鉄 (中京北陸)


 5月末の名古屋出張シリーズ、まだまだネタは尽きませんので続きを (^^;
 初めての養老線→養老鉄道訪問にあたって、最後の1編成となった近鉄の現行塗装車が思いもかけずやって来てフィーバーしてしまった私ですが (^^;)、訪問の目的そのものはあくまで、養老線で標準塗装として復活した近鉄のマルーンレッド旧塗装を撮ることでしたので、来た電車は全て「当たり」です!
 この塗装、80年代にナマで見たときには、未熟な10代ゴコロに「特急車の見事なツートンカラーと比べると如何にも単調だなぁ」という印象でした。ところが、しばらく非鉄な時期を隔てて数年前に撮り鉄の道に戻ってみると、あらら、近鉄の一般車はことごとく「パンダ」な世界になっていてちょっとガッカリ (^^;)。すると突然、マルーンレッド一色の近鉄電車が漂わせていた重々しい雰囲気が懐かしく思えて来るわけでして……何とも身勝手な話ではあります (笑)。
 そこで、最近のリバイバルカラーブームの流れの延長で、近鉄でもマルーンレッド旧塗装をやらないかしらん……と期待していたのですが、民鉄として日本最大規模を誇る近鉄だけに、もし僅かな旧塗装編成が大阪線や名古屋線を走るだけであれば、まず滅多に遭遇できないことは間違いなし! (汗) それが何と、費用節約も兼ねて (たぶん)、養老線に残る初期高性能車を全て旧塗装に変更……ということで、私の中での養老線株は赤丸急上昇したのでした (^^;



 そこで朝から意気込んで桑名駅に到着したところ、あらら……分社化を契機に養老線ホームと名古屋線下りホームが区切られ、狭い中間改札のあたりは乗換客ですったもんだの混雑になっていますなぁ……。しかも、せっかく駅員が改札口に複数おり、現金も取り扱っているというのに、土日発売のフリー切符の取り扱いはここではなしですか……(-_-;)。一旦跨線橋を渡って外に出ればすぐに購入可とはいえ、目の前に停まっている石津行きは間もなく発車……。そこで、「あとで三岐に行く予定を考えれば、どうせ余り先へは行けない。普通運賃で乗って桑名に戻っても大して変わらん」と思い、フツーに立ち食い蕎麦屋のような券売機で切符を買って乗ったのですが……「とりあえずこの電車の終点まで」ということで到着した石津にて、車掌氏から「フリー切符もありますけど、どうされます?」とのセールスを受けました (爆)。うーん、乗換の便を考えれば、最初から桑名駅ホームで一日乗車券を売ってくれ……と思うのですが (鬱)。
 最初からこんな調子だったこともあり、新生・養老鉄道はどうも単純に赤字ローカル線が切り離されただけにしか見えず、「痒いところに手が届くサービスを欠くとしたらやがてジリ貧になってしまうのでは」という印象を拭えないのが正直なところです (-_-)。
 養老山地と濃尾平野のちょうど境目の山裾を走る養老鉄道の情景は素晴らしく、多度駅や下深谷駅など古き良き交換駅とマルーンレッド電車との組み合わせは、まさに極上のローカル線情緒 (いずれ是非養老駅なども行ってみたい……)。したがって、工夫次第でもっと「名古屋近郊のローカル線原風景」として売り出すことも出来るという気がします。しかし、名古屋周辺と北勢エリアではまず言葉がだいぶ違いますし (木曽・長良・揖斐川を渡って桑名に着くと一気に関西弁っぽい世界になりますので、関東人にとっては大いにオドロキです ^^;)、名古屋圏ではJRCと名鉄の存在感が圧倒的に大きいことから、養老線にはイマイチ注目が集まらないのでしょうか……。
 そこでもっと目立つための策として、養老鉄道のシンボルカラーが緑であることもありますので、近鉄初期高性能車のグリーン濃淡塗装 (薄いグリーンに細い緑帯一本) を走らせてみたり、邪道かも知れませんがスカ色風の特急色を塗ってみたりするのはどうかなぁ、と思う次第です。あるいはラビットカー登場当初のオレンジにするとか……。妄想に過ぎるかも知れませんね、スミマセン (^^;
 もっとも、あれこれ書く前にまず自己批判すべきは、名古屋線の元特急車をはじめとする釣掛車がゴロゴロ走っている頃に乗って撮っておかなかったことです (苦笑)。折角の宝の山を、「シルヘッダーがない」という理由だけで興味の対象から外していた10代の自分は、つくづく未熟なク●ガキの極みでした (爆)。まあ、地方遠征の軍資金とフィルム代が雀の涙ほどしかなく、遠征中の食事は全てかけそばで通していたことを思い出せば、それも仕方がないことでしたが……。

ソウル電車漫遊録 (7) 聖水支線の味わい

2008-07-23 08:37:14 | 韓国の鉄道


 昨年9月にソウルに出張してから早いもので間もなく1年となりますので (時間が経つのが早過ぎ! @_@)、もう少しネタが残っている韓国シリーズの続編を……。韓国といえば最近また怪しい話がありますが、まぁあちら様の駄々は放っておいて、鉄道趣味は鉄道趣味としてドライに割り切り、日本技術の影響が残るツボなスポットをまったりと楽しみたいところです。但し、下手をすると撮り鉄もやりづらくなるかも知れませんが……。 (※以上の点に関するコメントはご遠慮下さい)
 さて、ソウルの主要なスポットをグルッと囲むように走る地下鉄2号線=乙支路循環線は、路線の規模面でも在籍編成数でも巨大さを誇っておりますが、そんな2号線の車両をメンテナンスする心臓部として、ソウル市街北東部に君子[クンジャ]車両基地があります。また、この車両基地は1号線所属車の留置・検査も同時に担当しており (1号線を走る圧倒的多数派の国鉄車は龍山・九老などの車両基地に所属)、1・2号線それぞれから若干離れた位置にありますので、地下鉄網整備の早い段階から、ここへの出入庫列車の運行を第一の目的とする連絡線が存在してきました。それが、地下鉄2号線の聖水駅と1号線の新設洞[シンソルドン]駅を結ぶ「2号線・聖水支線」です。それは差詰め、東京メトロの「ナゾの短絡線」をもっと長くしたようなものであり、丸の内線の方南町支線のようなものでもありますが……80年代前半に製造された2段窓車による専用編成が走っているともなれば、何はさておき撮らずにはいられません (笑)。というわけで、聖水駅で撮り鉄をした後、さらに市内北東部でオフィスを構える韓国人の先輩を訪ねるついでに、ちょこっと聖水支線を楽しんでみることにしました。



 聖水駅に進入してきた4両編成の電車は、朝夕であればかなりの混雑なのかも知れませんが、真っ昼間はまさにのんびりムード。車内に一歩踏み込むと、薄緑色の古びた化粧板や鋼製ドアに緑色のモケット……と、相鉄旧6000系を思い起こさせる雰囲気がたまりません (*^^*)。しかし待てよ……他の多くの車両がステンレス椅子に象徴される難燃化改造を受けているというのに、この編成は全く手をつけられていないということは……。そこで早速、車端部の銘板を見てみたところ、あぁ悲しや、1982年製。要するに、鉄道車両の25年廃車ルールにしたがって、長年の活躍に間もなく終止符を打とうとしている車両たちなのでした……。
 そうと分かれば、聖水支線の撮影にも自ずと気合いを入れずにはいられません。聖水支線には龍踏[ヨンダプ]と新踏[シンダプ]という二つの中間駅がありますが、このうち龍踏駅はまさに君子車両基地の真横に立地し、北を望めばソウルの聖なる山・北漢山がそびえ、東を望めば留置中の色とりどりの車両を観察できるという最高のスポット。そして恐らく、ソウル広しといえども電車と北漢山をうまく組み合わせることが可能な駅は他に余りないはず……。そこで、北漢山の頂上が架線などにかからないような位置を慎重に選び、うまく決まったのが1枚目のカットです (^^)。さらに後追いをすると、フラットな天気の日であれば韓国名物 (?)・ポキッと折れそうな高層マンションとの組み合わせもバッチグーです (2枚目)。
 こんな感じで少々撮影したあとは、時間の関係ですぐに新設洞に移動し、1号線に乗り換えたのですが、1号線の新設洞駅は日本の1960~70年代テイストがあふれ、最高に良い感じでした……。6号線との乗換駅として最近すぐ隣に新設された・東廟前[トンミョアプ]駅のデラックスさとのギャップもまた一興 (汗)。
 なお、聖水支線の2段窓車は、昨年9月の訪問から間もなく、25年ルールにしたがって本当に廃車となってしまい、現在2号線で増殖中のロテムデザイン車 (新2000系) の4連が新たに入っているようです……。いっぽう、この日は運用に入っていませんでしたが、旧型チョッパ制御車のうち車齢が新しめな中間車をかき集め、一部の車両に西武6000系のような運転台を新設して4連化した編成も走っていますので (2号線のもう一つの支線・新道林=カチ山間にはこれの6連あり)、そのうち再訪した際に撮ろうかと思っています。

快速フェアーウェイ・165系の頃@黒磯

2008-07-22 13:44:30 | 国鉄型車両


 この連休は大学時代の後輩と栃木県の那須に出かけて登山と温泉三昧に耽り (笑)、基本的に非鉄モードだったのですが、もちろん往復に利用したのは列車。とくに往路は快速フェアーウェイ!
 非鉄だった頃に山屋をやっていた私にとって、新宿から那須の入口・黒磯に直行してくれる快速フェアーウェイはかなり馴染みのある列車なのですが、撮り鉄趣味が復活して以来、山籠もりからは遠ざかってしまいましたので (健康維持を考えれば山屋も同時並行でやりたいのですが、なにせ時間が……)、ここ数年は快速フェアーウェイもすっかりご無沙汰になってしまいました。
 そこで今回は、ここしばらくの超多忙によるストレスの解消も兼ねまして、プチ贅沢に走ってグリーン指定席をフンパツ。すると何と……いつの間にかクロハのグリーン椅子が超デラックスなものに変更されているではありませんか!(^O^)。黒磯までの2時間半、普通車は朝っぱらから酒盛りのゴルフ軍団、山屋オバサン軍団、それに18きっぱー老若男女が入り乱れて殺伐としていましたが (^^;)、グリーン席はゴルフオヤジのイビキ (小山で降りてくれてラッキー!) を除いて静寂・快適……。疲れも知らず、あっという間に黒磯に着いてしまいました。
 下車後は、黒磯駅2番線という美味しい位置に停車している麗しの特急色485系を撮っても良かったのですが、登山口へ向かうバスの席取り合戦はドアが開いた瞬間から始まっていますので省略! (^^;) そこで帰宅後「そういえば165系時代の画像をスキャンしてあったよな……」と思い出しまして、久々のフェアーウェイ乗車記念としてアップしてみることにしました (笑)。



 しかし……ただでさえ非鉄時代の登山帰りに「一応フィルムが余ったから撮っておこう」と思い撮っておいたポジフィルムのカットであるだけでなく、使ったスキャナも今となっては超オンボロなフィルムスキャナですので、今回アップするにあたり、トーンや色調の再現に非常に苦しみました (^^;;)。そのボロスキャナも壊れて久しく……う~む、新スキャナを購入するべきかなぁ、と思っています。
 それにしても、ああ懐かしの165系! デカ目もあり! グリーン車のお古のシートを装備したモハに揺られての山旅も、つい数年前まで楽しめたはずなのに……。そしてその横には、当たり前のように湘南色の115系が停車中! どちらも約10年前の撮影ですが、何やら遠い昔のような気がしてしまうのは、それだけここ10年来のJREの激変が巨大なものだったからでしょうか。
 デッドセクションがある重要駅・黒磯といえば最近まで他にも455系が出入りし、さらに昔は583系を格下げした715系、その前には旧型客車……と、国鉄黄金時代の栄華をしのぶ様々な車両の巣窟だったはずです。しかし今やそれもせいぜい、EF65やED75といった貨物用EL、そして1日1往復の「北斗星」(通過) でしのぶばかり……。しかも金太郎の台頭により、機関車交換駅としての重要性もかつてほどではありません。それだけに、国鉄特急色の485系が土曜休日に現れることは、凋落著しい黒磯駅にとって最後の輝きのひとつと言えましょう。485系フェアーウェイには、165系の遺志を継いでしっかりと走り続けて欲しいものです。
 ちなみに最近は、台頭著しい高速バス路線が那須にも及んでいるようで (新宿=那須線)、しかも最近「那須ロイヤルストーリー」と称して、高速バスと那須エリアの路線バス・ロープウェイを組み合わせた格安周遊きっぷが登場! 如何にもコテコテ少女マンガっぽいパロディ炸裂なイメージキャラクターはその名も「ナスターシャ・バススキー」(壮絶なダジャレ……爆 ^^;;)。フェアーウェイにとって超強力なライバル出現……ということになるかどうかは分かりませんが (ま、フェアーウェイは途中駅までの利用客も多いですし)、とにかくクルマによるレジャーの殿堂と化してしまった新興リゾート地・那須へのアクセスにおいて、公共交通がどれだけ奮起できるのか見守って行きたいと思っております。

相鉄5000系・引退前の静かな日常

2008-07-19 20:24:00 | 大手民鉄 (相鉄)


 先日アップした相鉄8000・9000系の旧塗装画像は、本来の狙い目であった珍車・5000系が来なかったことによる失意を抱きながらも取りあえず撮ったというもの (汗)。そこでここはひとつ、なるべく早急にリベンジを図らねば……と思いまして、1週間ぶりに平日休みとなった昨日、出来上がったパスポートを受領に行くついでに、ラッシュのピークを過ぎた頃合いの相鉄沿線で再びカメラを構えてみました。
 すると、今度はうまくやって来ました5000系!\(^O^)/\(^O^)/ しかも、朝ラッシュ時の引き際ならではの急行大和行での御登場! う~ん、今はなき2100系ともども、モハ6021試作の成果をうけた相鉄アルミ車草創期の特徴ともいえる幅広の赤帯やグロベン、それにやや低い位置にある正面のナンバープレートの組み合わせは、やはりレアな味わいがあって良いですね……(*^^*)。
 相鉄のダイヤ上、朝のラッシュ輸送を終えて急行大和行として下ってきた列車は、大和から回送でかしわ台 (orニセ厚木) に入庫するものと相場が決まっておりますが、42運行の場合は大和で折り返し各停横浜行となったのち、西横浜で昼寝となります。そこで今度は星川で下車し、高架化工事のため変わりゆく星川3番線に到着するシーンを激写! (下の画像)



 現在星川の3番線はホームに屋根がなく、ラッシュ時の各停用待避線となっていますので、急行・快速運用に入ることが多い5000系が10両各停として3番線に入線するのは、意外とレアシーンだったりします (^^)。発車時の後追いはマンケー各停にカブられて無残にも失敗してしまいましたが (いや、5000系各停が急行に抜かれた後もなかなか発車しなかったのが悪いような気も -_-)、この絵を記録出来ただけでも御の字、余り文句を言うべきではないのかも知れません (でも号泣)。
 ともあれ、こんな感じで久しぶりに撮った相鉄5000 (5050) 系……思い出してもみれば、まともに撮影したのは2~3年ぶりだったような (滝汗)。これもひとえに、5000系は3年前に全廃となるはずだったところ、7000系の踏切事故のために1編成が命拾いしたという点で予備車的存在だからでしょう。辛うじて出番が多い平日朝のラッシュ時に、個人的に撮り鉄する時間を確保できるとも限らず……さらに日中はなかなか走らない神出鬼没的存在ですので、自ずと撮れない車両の代表格となっています。ラッシュ時にたまに運良く遭遇しますと、必ず電動車に乗りまして、東洋電機製初期VVVF直角カルダンの鈍重でヘロヘロ気味なサウンドを賞味しまくっているのですが (笑)、そういうときに限ってカメラを持ち合わせていないものです (苦笑)。
 しかし、そんな悠長なぼやき節もそろそろ封印しなければ……。既に相鉄は、今年度の11000系新造に伴い5000系を廃車にするとアナウンスしていますので、残された時間はもう極めて限られています。個人的な休みと、5000系の日中運用と、アングルの自由度が増す曇り日の絶妙な組み合わせが、今後果たしてあるのだろうか……と思うと、日常の一期一会こそ重要なのだ!と緊張せずにはいられません (^^;)。今年に入ってから一度、昼間に確か1運用だけある10両各停の運用に5000系が入っているところに乗り合わせてビックリ仰天したのですが、やはりカメラを持っておらず……またこの運用に入ってくれないものか、と儚い期待を抱いているところです。