上毛電鉄を訪れる直前の関西出張は、土曜日の日中から夜までが用務という変則的なものでしたので、ならば金曜を休み扱いにして関西平日撮り鉄にしよう!と決めたものの、折からの秋晴れの下、行きたいところは多数……。そんな折、紀州鉄道キハ603の引退期限が延びて金土日限定で運用中であるらしいことが分かり、それではまた御坊まで足を延ばそうかと思ったものの、やはりキハ603の状態は極めて悪いだけに、いつ突発的に車種変更されるかも分からず、和歌山出張ではないのに御坊まで行くのはリスクが高過ぎ (^^;)。それよりは、まだ訪れたことがないローカル私鉄をのんびり巡礼する方が良いかな?と思いまして、今回の出張先は神戸であることにかこつけ、神戸電鉄に揺られて粟生に到着、北条鉄道の小さな旅を楽しんでみることにしました。そもそも三木鉄道が存在している頃にかけもちで来るのが正解だったのかも知れませんが、いやはや、播州の奥まったエリアは関東民には縁が薄く、結局気がついてみたら廃止だったというわけで……(汗)。
それはさておき、JR加古川線を含めて3路線が集まる「大ジャンクション」であるはずの粟生駅は……日中1時間に1回3路線の列車が集合するときを除けば、はっきり言って拍子抜けするほど閑散……。もともと地域の中心は小野市街ということになっており、粟生駅とその周辺の集落は鉄道と盛衰をともにしているということなのでしょう。そんなことを想像しながら、北条鉄道ホームの先端でカメラを構えていたところ、やって来ました!フラワ2000-1! まぁ何と言うこともない軽快DCではありますが、この顔はすっかり各地の非電化ローカル線の象徴となっているだけに、何やら不思議な安心感がありますね (^^;)。ちなみに、フラワ2000-2は紫系塗装のロングシート車ですので、当然2000-1の方が「当たり」です (笑)。
それはさておき、粟生にて14~5名ほどの客を乗せた軽快DCは、発車後さっそく大きくカーブを切り、のどかな田園地帯へと駆け出して行きます。沿線の風景は……何と申しますか、他に例えようもないほど典型的過ぎる西日本の農村エリアという感じで、田んぼ・民家・低く緩やかな里山がどこまでも続きます。そして、時々思い出したように、播州鉄道として開通した当時を偲ばせる古びた駅に停車……。対向式のホームを備えながら、片方は単線化によって放置されて久しいさまには侘び寂を感じずにはいられません。もっとも、どの駅も独自のサポーター制度(自発的な立候補→委託による名誉駅長の存在etc..) により、小ざっぱりとキレイな雰囲気を保っているのには好感が持てます。
そんな車窓風景を眺めながら、同時に何処が撮り鉄向きだろうか……とロケハンに励んでみたのですが、あちゃ~残念! ほとんどの区間で線路の南側と西側に通信用の電線と柱がある……(-_-;)。曇り日であれば、撮影の自由度は飛躍的に増しそうです。唯一、終点・北条町の手前で電線がなくなる区間があり、ちょこっと撮影に励んでみたのですが、ゴチャゴチャした背景を如何にごまかすかが一苦労……(すぐ背後の養魚池の築堤に上ると眺めが良いのですが、パチ屋の看板が邪魔……)。
終点の北条町駅は……開業当初の写真を書籍などで見ておりますと、立派な農業用倉庫などを伴い、如何にも地方ローカル線の終着駅という雰囲気が魅力的に思われたのですが、やはり今は21世紀……。再開発により農業倉庫スペースはバスターミナルに姿を変え、駅周辺もロードサイド大型店舗がひしめくという如何にもありがちな風景……(-_-)。そのバスターミナルからは、約30分間隔で姫路へ、2時間間隔で大阪へバスが発車しており、どう考えてもこれらのバスやクルマの方が便利だと思われる中、北条鉄道の経営は恐らく非常に苦しいことが想像されますが、それでもコンスタントに客を乗せているのは、通学需要や神戸・加古川に出る際の手段として辛うじて活用されているからなのでしょう。これに対して、三木鉄道・三木駅周辺の地図を見ていますと、どう考えても町外れで、厄神乗り換えも割高。人の流れと関係なさそうな路線環境と鉄道存続反対派首長の出現が命取りになったのでしょうか。ともあれ、三木鉄道から輿入れしたフラワ2000-3 (塗装が三木時代のまま→車庫手前の撮りづらい位置に留置中で残念!) を眺め、窓口で買った切符が硬券であることにちょっとした感動を覚えつつ、再び軽快DCの客となって北条鉄道の今後の健闘を祈り、粟生に戻ったのでした。