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ミステリ感想-『天使たちの探偵』原尞

2021年07月03日 | ミステリ感想
~あらすじ~
沢崎にある女性の護衛を依頼したのは10歳の少年だった。依頼料を置いて逃げられ、やむなく尾行した先で事件に遭遇する…少年の見た男
交通事故で娘を失ったばかりの男は、若い頃に付き合っていた女との間に交わした手紙を買い取るよう脅され…子供を失った男
娘の素行調査を依頼された沢崎は、その娘が父親を尾行していたことを報告する…二四〇号室の男
間違い電話の相手は沢崎に自殺をほのめかし、翌日に同一人物と思われる女の自殺が報じられる…イニシアル”M”の男
女探偵は沢崎へ、ある老婦人の依頼を受けないよう頼む…歩道橋の男
濡れ衣を着せられると言い残し失踪した少年。手掛かりを求めて訪ねた相手は選挙運動の真っ最中で…選ばれる男

1990年このミス5位、日本推理作家協会賞(短編)候補、日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞

~感想~
デビュー以来30年で著作6冊という指折りの寡作で知られる作者の現在唯一の短編集。
どれも期待通りに濃密な、長編化も容易なプロットで、後から思い返すと50ページ足らずだったとは到底信じらない。しかもタイトルの「天使たち」に絡め(お世辞にも天使とは言い難い者も混じってはいるが)いずれも未成年者が重要な役割を果たすというテーマが共通している。あの沢崎と子供が絡むなんて面白くなるに決まっているではないか。
全部が全部傑作なので一つ挙げるのは困難だが、やはり冒頭の「少年の見た男」には度肝を抜かれた。
10歳の少年が依頼人という幕開けから、あれよあれよという間に予想だにしない事態が連続して起こり、終わってみれば全てが一本の線で繋がる。これとこれをこう繋げてこう見せると本格ミステリになるという肝を、まったくどうしてハードボイルド作家がここまで心得ているのか。
そして掉尾を飾る「選ばれる男」は少し文量が多く中編並だが、それにふさわしい重厚さを備えた傑作で、そこへ文庫書き下ろしの掌編で後日談が補強されるのだからたまらない。
いつもの(といってもまだ二冊しか読んでいないが、原尞への絶対的な信頼は二冊で十分である)沢崎シリーズ長編を、クオリティも文体もそのままにただ短編の長さへ凝縮しただけの贅沢な一冊で、未読の方はここから読み始めてもいいのではなかろうか。


21.6.29
評価:★★★★☆ 9
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