今日は勤労感謝の日である。ハッピーマンデーとして祝日を移行の被害を受けなかった祝日である。戦前は新嘗祭として、五穀豊穣を祝った皇室行事の日であった。戦後は、国民の祝日に関する法律によって、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを趣旨としする、国民の休日とされている。
本ブログでカジノ法案に反対したら敬愛する先輩から、「勤労の美徳」を踏みにじる賭博法案だと強く言われたことがある。勤労の美徳を軽んじているのは賭博だけではない。社会全体が労働を蔑み、勤労を評価しない風潮は何時頃から世の中を世間するようになったのであるか。
例えば作ったものが購入者や消費者に喜ばれるような、労働の対価は何時しか見えなくなってしまった。代わって、作ったものが高価に売れることを喜びとする社会体制になってしまった。そのために、商品とは関係がない意味のない言葉や容器や名前を付けて、より高価に販売できれば、それに喜びを感じて、労働の対価とするようになっているのである。それをあたかも勤労と思い込むのはお金の問題である。高ければ高いほど良い、満足度が高くなる。しかしこれは勤労の美徳と似て非なるものである。
現在世界の資本主義経済を動かしているのは、膨大な資金を背景にした投資家(investor)たちである。かつて株主は企業の社会性や考え方を支援する意味で、株主となって支援していたものである。ところが現在は、金融工学ともいわれ株価変動をコンピューターで瞬時に変動を予測して、秒単位で100万円の利益を得る技術者たちが世界を席巻している。因みに英語のインベスター(investor)は、自らの姿を隠すという意味である。言い得て妙である。アベノミクスは投資家たちを潤しただけである。格差社会の増長は投資家を擁護することで起きた現象である。
この後術者たちに勤労の喜びがあるのだろうか?儲けたことへの満足感はあるとしても、彼らの収入源を支えるのが現場でリアルな労働している人たちであるが、これはある種の収奪なのではないか。今やこうした投資家たちによって経済が動き、政治がそれを支援する。最近は、金融技術(finance technology)の頭文字を取って、フィンテック(Fintec)と呼ばれて新たな技術開発途上にある。
世界経済はこうした金融工学によって支配されているのである。人々は富を求めるのではなく、金を求めるからである。豊かになり手段として金があり、労働の対価として金を得るのであったはずである。手段が目的になってしまった。勤労の喜びの影すらない。
資本主義発展のエネルギーは、「欲望」である。欲望は満たされることない。欲望は拡散する。欲望とは金であり権力である。権力は政治を支配し軍事力を握り、富を求め拡散するのである。
今日の勤労感謝の日は、労働の本質はいったい何なのかを見直すいい機会である。
本ブログでカジノ法案に反対したら敬愛する先輩から、「勤労の美徳」を踏みにじる賭博法案だと強く言われたことがある。勤労の美徳を軽んじているのは賭博だけではない。社会全体が労働を蔑み、勤労を評価しない風潮は何時頃から世の中を世間するようになったのであるか。
例えば作ったものが購入者や消費者に喜ばれるような、労働の対価は何時しか見えなくなってしまった。代わって、作ったものが高価に売れることを喜びとする社会体制になってしまった。そのために、商品とは関係がない意味のない言葉や容器や名前を付けて、より高価に販売できれば、それに喜びを感じて、労働の対価とするようになっているのである。それをあたかも勤労と思い込むのはお金の問題である。高ければ高いほど良い、満足度が高くなる。しかしこれは勤労の美徳と似て非なるものである。
現在世界の資本主義経済を動かしているのは、膨大な資金を背景にした投資家(investor)たちである。かつて株主は企業の社会性や考え方を支援する意味で、株主となって支援していたものである。ところが現在は、金融工学ともいわれ株価変動をコンピューターで瞬時に変動を予測して、秒単位で100万円の利益を得る技術者たちが世界を席巻している。因みに英語のインベスター(investor)は、自らの姿を隠すという意味である。言い得て妙である。アベノミクスは投資家たちを潤しただけである。格差社会の増長は投資家を擁護することで起きた現象である。
この後術者たちに勤労の喜びがあるのだろうか?儲けたことへの満足感はあるとしても、彼らの収入源を支えるのが現場でリアルな労働している人たちであるが、これはある種の収奪なのではないか。今やこうした投資家たちによって経済が動き、政治がそれを支援する。最近は、金融技術(finance technology)の頭文字を取って、フィンテック(Fintec)と呼ばれて新たな技術開発途上にある。
世界経済はこうした金融工学によって支配されているのである。人々は富を求めるのではなく、金を求めるからである。豊かになり手段として金があり、労働の対価として金を得るのであったはずである。手段が目的になってしまった。勤労の喜びの影すらない。
資本主義発展のエネルギーは、「欲望」である。欲望は満たされることない。欲望は拡散する。欲望とは金であり権力である。権力は政治を支配し軍事力を握り、富を求め拡散するのである。
今日の勤労感謝の日は、労働の本質はいったい何なのかを見直すいい機会である。