今年亡くなった人物に石原慎太郎がいる。才能に溢れた人物であったとは思うが、幼いころ受けた軍国教育の枠から抜け出ないままの、いわばピュアーな軍国少年そのままであった。
石原の発言で現在の政治家の脳裏に残渣として残っていると思われるのが、中国の評価である。石原は終始一貫して、中国を卑語である支那と言い続けた。「支那」は秦(シン)の転用ともいわれ、英語のChinaはラテン読みではシナとも読めるが、石原はこれを戦前卑語として使われていた意味で使っていた。
石原は中国を、「民度の低い支那」と決めつけた結果が、東京都が尖閣諸島を買い取ると言い出し、日中間の領土問題に火を点けた。
外交経験のない民主党政権は焦りに焦った。野田首相は国で買い取ることにしたのである。周恩来と田中角栄、大平正芳が触れないように置いていた領土問題をさらに大きくした。
石原の中国を見下す思いが、未だに自民党内に底流として流れている。岸田文雄は中国の敵基地攻撃を何なくできると思っている。中国の広大さを知らぬばかりか、見下すにはあまりにも経済力に開きがある。
急速な発展は多くの問題を内包しているし、政治体制はあらゆる分野の価値観を支配している。人権や思想や結社の自由は全て、共産党が決定する。社会主義体制を標榜するが、明らかなな資本主義体制それも国家資本主義という体制である。国家の決定は迅速であるし、決定的で強力でもある。
GDPがすでに日本の4倍であるし、人口は10倍、国土面積は25倍である。民度はまだまだかもしれないが、仮想敵国にするには相当無謀なことである。何より日本文化の礎を与えてくれた国である。
中国は敵基地反撃能力を岸田が発表するや、強く反応している。これでこの国とも外交努力の道を、岸田は断ったといえる。
戦争は外交失敗の結果と言われるが、岸田は外交には何も手を付けず自らその道を断ったのである。防衛予算の倍増に反対する。
いずれ後悔することになるのでしょう。
行くとこまで行って、痛い目にあわないといと
わからない。
結局、80年前と同じです。