日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

「多数決の採決禁止」という論理

2006-05-23 07:23:55 | 社会問題
東京都教育委員会が職員会議で多数決の採決をすることを禁じたとのこと。
「えっ!『意見を取り交わし、多数決で決める』それを禁じたの?」
「石原都政だからかな?」
そんなこと、あれこれ思いました。
学校教育の現場の先生達が、民主主義の基本である多数決の場を取り上げられるのは、理不尽なような気がしたのです。
昨日の朝日新聞の都教育長の記事によると、学校運営は個々の先生の代表が行うのではない。運営は教育長、そして校長の方針を実行してもらうのであり、個々の先生方に決めてもらうものではないとの論理らしい。
「ふーん」「そうなのか…」
しばらく、その見解というものを頭の中に転がしていました。

そして、かつて、東京都で新米教師をしていたときの場面を思い出しました。
卒業式の近い季節、毎日職員会議が続きました。
議題は、あの「卒業式の舞台に『日の丸を掲げる』か『卒業おめでとう』の言葉にするか」でした。
新米の私は、「へー、こんなに熱心に議論するものなのだと」と、そのことを学習しました。
卒業式も間近になった、朝の職員会議。
校長は「日の丸を揚げるかどうかは、私の判断で行います」と、きっぱり。
校長の声がいつもと違って聞こえました。こわばった表情で、立って話す校長の机に接していた指先が震えていたのを見ていました。
理由は教育委員会の意向に従うとのことでした。
校長も大変だったと思ったものです。

そのときのことを、昨日の新聞記事で思い出しました。
「学校運営を先生達の代表がやっているのではない」
「あー、あの時がまさしくそうだったのだ」と。

しばらく後に、件の旗を用務員室の冷蔵庫の上に見つけて、
用務員さんの「あんなに大変だったのに、こんなところに『日の丸の旗』置きっぱなしにしちゃって…」
という声まで、この新米は聞いてます(笑い)。

校長は学校の代表であるけれど、教師達の選挙で選ばれたのではありません。
そして、教育長についても、選挙で選ばれたのではありません。
教育長の指示で校長が学校運営に当る。職員会議での採決を禁じる。
なるほど、理屈上は通るのかもしれませんが、直接に子供達とかかわる先生達に閉塞感が生まれないものかと、そんなことを思うのは、いらぬお世話なのでしょうか。
学校の会社化みたいですね。
だとすると、子供達は製品?







コメント (2)
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