分離その三 リッツォス(中井久夫訳)
ゆっくりとものの中味がなくなる。夏の浜べの
大きい骨のように。馬の骨か戸外の動物の骨か。
内側はからっぽ。骨髄がない。
残る部分は硬くて白いばかり。色が抜け、細かい孔があいて、
冬のどしゃ降りのときの部屋の色だ。
扉の把手を持ってるのか、把手がきみを持ってるのか、
そもそもきみなり把手なりが持つなんて出来るか。
どちらか言えまい。
きみが紅茶を飲もうとする。その時突然、
きみが見ると指の間は陶器の把手だけだ。茶碗がない。
把手を調べる。真白で、重さがなくて、ほとんど骨。
きれいだなときみは思う。ゼロになろうと憧れている半分のかたち。
温かい湯気がじわったにじみ出てる。
向うの深い裂け目から壁の中に。
きみの飲めなかった紅茶からの湯気さ。
*
リッツォスの描写はとても繊細である。たとえば5行目。「冬のどしゃ降りのときの部屋の色だ。」この独立した美しさ。「白」の描写なのだが、「白」のなかにある「白の諧調」が見えてくる。「白」にはいくつもの「白」があることが見えてくる。「空虚」(中味がなるなる)の色が、その諧調の中に、あるいは諧調のひろがりのひろさで、見えてくる。
13行目。「きれいだなときみは思う。ゼロになろうと憧れている半分のかたち。」この行も繊細だ。「ゼロになろうと」の「なろうと」が「半分の形」をより明確にする。ある完成されたかたちが望めないなら、いっそう「半分」であることをやめてゼロになりたい。--このときの、孤独。
それは、5行目の「冬のどしゃ降りの部屋」と通い合う。
「分離その三」。何からの分離からは、ここには書かれていない。しかし、ここに書かれている孤独に共感するとき、何からの分離かをつきつめることは意味がない。孤独がみつめる風景、日常の暮らし、そのなかにただよう「白」に代表される「色の諧調」それを呼吸するだけでいい。
ゆっくりとものの中味がなくなる。夏の浜べの
大きい骨のように。馬の骨か戸外の動物の骨か。
内側はからっぽ。骨髄がない。
残る部分は硬くて白いばかり。色が抜け、細かい孔があいて、
冬のどしゃ降りのときの部屋の色だ。
扉の把手を持ってるのか、把手がきみを持ってるのか、
そもそもきみなり把手なりが持つなんて出来るか。
どちらか言えまい。
きみが紅茶を飲もうとする。その時突然、
きみが見ると指の間は陶器の把手だけだ。茶碗がない。
把手を調べる。真白で、重さがなくて、ほとんど骨。
きれいだなときみは思う。ゼロになろうと憧れている半分のかたち。
温かい湯気がじわったにじみ出てる。
向うの深い裂け目から壁の中に。
きみの飲めなかった紅茶からの湯気さ。
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リッツォスの描写はとても繊細である。たとえば5行目。「冬のどしゃ降りのときの部屋の色だ。」この独立した美しさ。「白」の描写なのだが、「白」のなかにある「白の諧調」が見えてくる。「白」にはいくつもの「白」があることが見えてくる。「空虚」(中味がなるなる)の色が、その諧調の中に、あるいは諧調のひろがりのひろさで、見えてくる。
13行目。「きれいだなときみは思う。ゼロになろうと憧れている半分のかたち。」この行も繊細だ。「ゼロになろうと」の「なろうと」が「半分の形」をより明確にする。ある完成されたかたちが望めないなら、いっそう「半分」であることをやめてゼロになりたい。--このときの、孤独。
それは、5行目の「冬のどしゃ降りの部屋」と通い合う。
「分離その三」。何からの分離からは、ここには書かれていない。しかし、ここに書かれている孤独に共感するとき、何からの分離かをつきつめることは意味がない。孤独がみつめる風景、日常の暮らし、そのなかにただよう「白」に代表される「色の諧調」それを呼吸するだけでいい。