詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(75)

2024-02-02 23:25:20 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「七つの夜想曲」は文字通り七つの作品群。書き出しの「夢は夢に続いて」のことばどおり、ことばがことばにつづいて広がる。象徴的な一行なので、この書き出しについて書こうかとも思ったのだが、

朝 残ったは消えそうな影、

 「Ⅱ」の二連目に登場する、この行。「夜想曲」なのに「朝」が出てくる。そのあとに、一字分の空白、一字空き。「残ったは」の「は」のつかい方というか、「残ったのは」ではなく「残ったは」という言い方、そして行末の読点「、」。非常に工夫が凝らされている。
 この詩では、中井は、読点、句点を駆使してリズムに変化を与えている。行末に句読点がないものもあるが、それは句読点がないのではなく、一字空きが見えない形で書かれているのかもしれない。もしそうであるなら、「朝 残ったは消えそうな影、」は「改行」を隠していることになる。句読点では表現できない、第三の「呼吸」のようなものが、この一行にはあるのだ。
 その印象的な「呼吸」が影響して「残ったは」という表現が生まれてきている。
 「残ったものは」と書いてしまえば、意識は「もの」に向かう。しかし、「残ったは」の場合は「もの(対象)」に向かわずに、意識は「残った」という運動(動き)の方に向かう。動き(運動)なので、それは「見ている」ときにだけ存在する。「見ていない」と存在しない。言いなおすと「見逃す」ということがある。
 そうした運動のあとに「消えそうな影、」がやってくるのだが、これがまた不思議である。「朝」なのに、「影」には「消えそう」という修飾語がついている。朝の光が差してくれば「影」は消えないだろう。「消えそうな影」とは何のか。
 疑問を、あるいは読者の好奇心を引きずったまま、行末に読点。つまり、この一行には「つづき」があると予告している。「夢は夢に続いて」の「続く」という動詞が、この読点のなかに「意識/意味」としてよみがえってくる。
 さて、行末が読点ならば、そして読点の前が「名詞(影)」ならば、読点の部分に「助詞」が隠れていることになるが、そして日本語の場合「助詞」は必然的に「動詞」をも要求するが、隠れている助詞につづいて隠れている動詞は何か……。
 書き出しに引き戻されるように感じながら、その音楽にあらわれる「繰り返し」のようなリズムに、私は、突き放され、引きずり込まれ、酔ってしまう。
 原文との比較なしにこんなことを書くのは、たぶん危険なことかもしれないが、私は、こういう訳の工夫に、中井の「シンクロする力」を感じる。中井は詩人の感覚とシンクロし、その揺れ動きをそのまま再現していると感じる。

 

 

 


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