詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(83)

2024-03-07 00:12:50 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「狂えるザクロの木」は強烈な詩である。朝の中庭。南風が吹き抜けている。そこに、一本の木。

おお、あれが狂ったザクロの木か、

 これは一行全体ではなく、一行の後半部分であり、この「おお、あれが狂ったザクロの木か、」ということばが詩のなかで何回も繰り返される。しかし、それは正確な繰り返しではない。二度目からは「おお、あれが狂ったザクロの木か?」と疑問符がつく。最初の「おお、あれが狂ったザクロの木か、」と疑問符ではなく、読点「、」である。
 これは非常に大きな違いである。中井は、その「違い」を書き分けている。(原文に疑問符があるか、ないか。私は、それを知らないが。)
 最初の「おお、あれが狂ったザクロの木か、」は疑問ではなく、確信である。見た瞬間に「狂ったザクロの木」と直観した。その直観を明確に示しているのが「あの」という指示代名詞である。
 「あの」ということばで何かを指し示すとき、その「あの」は発話者と聞く人とのあいだに「共有」されている。詩人は、そのザクロの木について何度も聞いたことがある。聞いて知っているから「あの」ということばが出てきた。そして、直観で確かにそうだと思ったから、疑問符なしで、疑問符というよりはむしろ感嘆符「!」を、詠嘆をこめて、そのことばが知らず知らずに漏れて出たのである。
 それからである。
 その「あの」、聞いて知っている「あのザクロの木」、その知っている「もの」は何なのか。それを詩人は次々にことばにしている。知っていると思っていること、「あの」と呼ばれるためのエピソード(特徴)をつぎつぎにあげていく。イメージが太陽の光のように広がり、散らばる。そのイメージの、どれが「核心」なのか。それは、わからない。そのザクロが「あのザクロ」だと確信している。しかし、「あの」が一体なのなのか、それをひとつのものとしてはつかめない。それは、詩人が、そのザクロをとおして、ほんとうに見たかったのは何なのか、という厳しい自問でもある。
 「これが、あの(みんなが言っている)狂ったザクロの木ですか?」と詩人が質問し、だれかが「そうです、これが狂ったザクロの木です」と答えたとしても、それは詩人にとっては「答え」ではない。「答え」は詩人にしかわからない。自分で判断するしかない。この苦しみ。
 直観には、何の苦しみもなかったのに。
 タイトルが「狂える」となまなましい形で書かれているのも、中井の書き分け(訳の工夫)である。直観は、ザクロの木と一体になって、いま「狂っている」のである。「狂える詩人」になって、ことばがもがいている。
 見た瞬間の「直観」だけが、絶対的な正しさとして、存在している。それを証明するのが、疑問符のない「おお、あれが狂ったザクロの木か、」である。

 

 

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