和辻哲郎全集9。「人間の学としての倫理学」のなかで、和辻は「歴史学」とは「実践哲学」である、と書いている。私が知っている「学校教育」では「歴史」は「ストーリー」で、たしかに誰が、いつ、どこで、何をしたかを教えられたが、それは「実践」ではなかった。歴史上の人物の「実践」について教えられたが、それは「私の実践」とは何の関係もなかった。「歴史上の人物」はいたが、個人はどこにもいなかった。だから、私には「学校教育の歴史」というのもがぜんぜん理解できなかった。
私が「歴史」がおもしろいと感じたのは、和辻の「鎖国」を読んでからだ。そこには「歴史上の人物」のほかに、無名の「個人」がいた。スペインを出発し、世界を一周してきた船が、スペイン(だったと思う)近づく。スペインの船と出会う。そのとき、「きょうは何月何日」という話がでる。世界を一周してきた船の航海士は、日付が一日違っていることに気がつく。毎日日記をつけていたから、間違えるはずがないのに。この驚き、この発見のなかに「実践」がある。「毎日日記をつける」という、なんとも地味な「実践」だが、そこには「地味」な行為(実践=肉体の記録/記憶)だけがもっている「真実(事実)」がある。そして、それが「発見」につながっていく。「発見」といっていいのかどうか、まあ、わからないのだが「地球には日付変更線がある」という発見に。そのころは「日付変更線」とはいわなかっただろうが……。そして、その「日付変更線」は「ことば」としては存在するが、その「線」を実際には誰も見ていない。そういう「線」の発見。それは、その「線」の「創造」でもある。「実践=肉体の記録/記憶」が「ことば」を生み出しているのである。「肉体(行動/実践)」が「ことば」をつくりだしていく。「肉体」がその「ことば」を必要とするからである。
ちょっと飛躍して。
和辻はヘーゲルから「自己直観」ということばを導き出している。(「直観」はベルグソンが大事にしたことばである。和辻も、それを大事にしていると私は感じている。)そしてそこから「人倫=精神」という考えに発展させる。この「人倫」は「行動」であり、「精神」は「ことば」である。「肉体(行動/実践)」は「ことば」であり、それはときとして「ことば」を「創造する」、生み出す。
和辻は
心の肉体化
ということばも書いている。「顔つき、身ぶり、姿勢」などを指しているのだが、私は、この「心」を「精神」と読み替え、「精神(心)=顔つき、身ぶり、姿勢」ととらえ直した上で、「ことばの肉体化」と「誤読」をすすめていく。「顔つき、身ぶり、姿勢」から私が聞き取るのは「ことば」である。「悲しんでいる」「喜んでいる」「驚いている」。なんでもいいが、「ことば」として、つかみとっている。
ここから「日付変更線」の発見(あるいは、創造)に飛躍するのは、飛躍のしすぎかもしれないが、何か人間が実践をとおして「共有してきたもの」が「ことば」になる。そして、それは何も「歴史的人物」の「肉体(行動/実践)」だけが生み出したものではなく、丁寧に生きてきた「無数のひとり」が「他の無数のひとり」と出会うことで生み出してきたものだと思う。
「無数のひとり」を、私は「個人」と呼んでいるのだが。「無数のひとり」は「無数の肉体」として学校教育の「歴史」では切り捨てられているが、この「無数のひとり」がいなければ「ことば」もないのだと思う。
「こころは存在するか」という問い、「こころは存在しない」という答えは、「肉体(無数のひとり)」の「実践」から出発しなければならないという私自身の「決めごと」なのである。
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