詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

こころは存在するか(28)

2024-03-25 22:34:38 | こころは存在するか

 「絵は我々が見ないときでも美しい。酒は我々が飲まないときでもうまい」というのはほんとうか。
 私は、そもそも「絵を見ないとき、その絵は存在しない。酒を飲まないとき、その酒は存在しない」と考えている。「見る」「飲む」のかわりに「想像する」をつかえば、「ある絵を想像する(想起する)とき、その絵は存在する。ある酒を想像する(想起する)とき、その酒は存在する」と言えるが、それはあくまで「想像のなか」に存在するのであって、現実に存在するかどうかはわからない。いろいろ考えるとめんどうくさくなるので、便宜上「どこかに存在している」という形で対応してはいるが、こんなことは何の意味もない。
 和辻は、「絵は我々が見ないときでも美しい。酒は我々が飲まないときでもうまい」ということばから、別のことを考えている。「美しい」「うまい」というのは価値である。価値には志向性がある。価値は、人間が「対象」に対して「与える」ものである。「与える」という動詞が、このとき動いている。そこには「生きている人間」がいる。
 つまり、「価値を与える」ということで、自分自身をあらわしている。「顕現化」していることになる。

 ところで、この顕現化とはどういうことか。「価値を与える」にかえって考えるとわかりやすいかもしれない。
 というか。
 私は、こんなふうに「誤読」している。
 私が和辻に惹かれるのは、和辻のことばの動かし方が「個人的」にとじこもらないからである。「哲学」というのは、なにか「個人にとじこもって考える」印象が強いが、和辻は「個人」から踏み出していく。どこかに「いまの自分」を否定して、「いまの自分」以外のところへ踏み出していく印象がある。
 簡単に言いなおせば、「専門以外」のところへ踏み込んでいく。「専門以外」のところで、和辻なりの「価値付け」をする。それが、おもしろい。そして、その「踏み出し(新たな価値付け)」から、いままで存在しなかった時間と空間がひろがる。新しい時間と空間が和辻のなかから出てきて、それが新しい和辻になる。そういう印象がある。
 すべてのこと(世界)は、和辻という「肉体」のなかにある。それが少しずつ何かに「価値を与える」につれて、「肉体」のそとへあふれてくる。

 以上は少し前に書いた「日記」。
 きょう読んだ文章のなかに「倫理」を定義した部分がある。
 倫=なかま=一定の行為的関連の仕方
 理=ことわり、すじ道
 大胆に「要約」すると、そういうことになる。「すじ道」の「道」にも私は関心を持ったのだが(「古寺巡礼」で「道」ということばに出会って以来、私は、それが気になっている)、もうひとつ「一定の行為的関連の仕方」ということばに、何か、肉体をつかまれた気になった。「行為の仕方」を「行為のかた(型/形)」と「誤読」した瞬間、「歌舞伎」を思い出したのである。私は「歌舞伎」をほとんど知らないのだが。
 島流しになっているある役者が、仲間と別れるシーン。彼は島に残され、仲間は許されて京都(?)へ帰っていく。それを岬で見送る。そのとき、その役者の手の動きがとてもすばらしかった。「さようなら」と力いっぱい叫んでいるときは、振っている手の(指の)隅々にまで力がこもっている。それが船が見えなくなるに連れて、力をなくし、次第に腕がさがり、指先もまがる。そこには「張りつめた感情」が変化していくときの肉体の動きが「新しい型/形」として具体化されていた。腕、指の動きに「感情の価値(形)」を与え、「表現」を創造していた。
 歌舞伎は、引き継がれてきた「型/形」を繰り返して見せるものであり、まあ、そこで肉体の動きを確認し、自分のなかに感情を蘇らせる「仕組み」になっているのだと思うが、その役者がやったことは「型」の継承ではなく、昔からある「型」を破って、新しい「型」へ踏み出していくということだった。そうすることで、新しい「人間」に成ったのである。
 和辻なら、もっと的確な表現で批評するかもしれないが。
 なんとなく、私は、和辻がことばでやっていることを、その役者は肉体でやってみせたように感じたのである。
 これは(きょう書いたことは)、「誤読」をはるかに通り越して、脱線の脱線かもしれないが……。


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(89)

2024-03-25 21:23:39 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「マルメロの林にたゆとう風……」。

蘇りの形象は

 二連目の、第一行。これだけでは何のことかわからない。主語(あるいはテーマ)が提示されているだけである。つまり「文(名詞+動詞)」になっていない。しかし、「文」にならないことによって、逆にドキリとさせるものを含んでいる。この一行に、ほんとうに「動詞」は存在しないか。
 「蘇り」のなかに「蘇る」という動詞がある。ギリシャはいつでも「蘇る」と詩人は言っているのだ。それは、どんな風にか。この詩に書かれている「形」に。詩人が「形象」と呼んでいるすべての「形」に蘇る。だれも、それを壊せない。だれも、それを阻止できない。なぜなら、それはことばとして生きているからである。
 この一行は、もっとわかりやすい形に翻訳できたかもしれない。しかし、中井は、ここではあえて「わかりにくい」形で翻訳しているように感じられる。わかりやすかったら、ことばは読みとばされ、既成の文体のなかに消えてしまう。


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池田清子「もっと向こう」ほか

2024-03-25 18:21:09 | 現代詩講座

池田清子「もっと向こう」ほか(朝日カルチャーセンター福岡、2024年03月19日)

 受講生の作品。

 「三連目がユニーク。際限のない甘えが印象に残る。最後の一行で悲しさがあふれてくる」「一連目は谷川俊太郎みたい。最終連は、気持ちが解放されて書かれている」「すんだ青い空、純粋さが昇華されている。最終連の泣くには、泣いていられる喜びに近いものがある」「空を見たときのピュアな気持ちを思い出す」
 最終行の「泣こうか」は、受講生が指摘したように、「がまん」と「甘え」が交錯し、そこに不思議な美しさがある。
 三連目☆★彡とそれを取り囲む円。ここから何を感じるか。「絵画的」「視覚的」という声が多かった。「ことばにしなくてはいけないのに、ことばにできない」と作者は言ったが……。
 私は、この「ことばのない世界」を「絵画」というよりは、「音楽」として受け止めた。星の動く音が聞こえる。それはたとえて言えば「楽譜」のようなもの。散らばりながら、響き合う透明な音がある。それは「聞こえない」、しかし、逆に、その「音楽」になれていないので、ただ「聞こえない音楽(沈黙の音楽)だけが聞こえる」という印象がある。
 音譜の読み方をならったとき、突然、そこに音が存在しないのに、音が聞こえたときの驚き、文字をならったとき、そこに音が存在しないのに声が聞こえたときのような一瞬を思い出した。

ものがたり  杉惠美子

起点と終点を どこかで感じたいけれど
自分で 確かめられるはずもないけれど

        でも
自分をのせる舟に乗って
漂へる 寛やかな
河に出会い

その河の広さと深さに
満足しながら

ちょうど良いと感じる
速さと流れがあれば

それで良い

風にのって落ちてくる
木の葉とか
花びらとかを眺めつつ

うつらうつらと
夢見つつ

私を炙り出す
言葉を探す

 「起点と終点、感じたくないけれど感じた。『漂へる 寛やかな』ということばがあるが、その感じがよく表現されている」「タイトルがおもしろい。物語には起点と終点がある。三、四連目から河が見えてくる。最終連の『炙り出す』がいい」「自分の人生を題材にして詩を書いている。三、四連目の対句表現が自然でいい。対句がことばに流れをつくりだす。『花びらとかを眺めつつ』からつづく三行が心境をあらわしている」「風にのって漂う死のイメージがある。この世はまぼろし、はかない。それを越える明確な意思を最後の連に感じた」
 私も、河の描写、対句的表現がとてもいいと思った。「出会う」という動詞が、河を人間のように浮かび上がらせる。「広さと深さ」「速さと流れ」に分かれ、「満足」と「ちょうどよい(と感じる)」で統合される。この離れたり、集まったりする感じが、水の動きのようだ。
 私がびっくりしたのは「漂へる」という旧仮名遣いと「つつ」という、いまではあまりつかわない文語的なことば。しかし、そのことばが詩全体のトーンを引き締めている。適度な緊張感となって、ことばを支えている。

貝殻  青柳俊哉

砂に立ち
吹きおろす風を巻く 真珠層へ 
空の成分を濾す

大白鳥の風切羽のしなり
深く軽く空がふるえる

靭帯が軋む 流砂の中へ青いまましずむ

螺旋もようを辿り
かれがうまれた海へ
青を開放する

そこに新しい空がある
大白鳥が飛び立ち 風切羽が
空を吹き合わせてうたう

 「人生の輪廻を感じる。『青を開放する』が印象的」「貝殻というタイトルだが、本文には出てこない。一連目はイメージが雄大。『空の成分を濾す』は理解できないが、ことばを全部つなげると理解できる感じがする」「最後の二行がすてき。青の意味はわからないが、白鳥との関係はよくわかる」「広大な大気圏を感じる。特に『青を開放する』に広大さを感じる」
 作者は、貝殻が砂に立って風を感じている、という世界だと語った。
 貝は二枚貝ではなく、サザエのような内部が螺旋になった貝なのだろう。「かれがうまれた海へ/青を開放する//そこに新しい空がある」の海と空の対比が、対比を越えて融合する感じが「雄大/広大」という印象を引き起こすのだと思う。限界がなくなる。
 ことばが急ぎすぎているかもしれない。「 靭帯が軋む 流砂の中へ青いまましずむ」は、もう少しゆっくりと書き込んだ方がイメージがわかりやすくなると思う。「わかりやすい」が必ずしもいいことではないけれど。

 

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