「残骸」。記憶の残骸。残骸ということばには、否定的な意味がある。しかし、
きみの耳の下にちらりと小さな影が見えた。
これは、どうだろうか。
このあとの行に「これだけ」ということばがあらわれるが、「これだけ」は美しさをひめている。「影」だから、永遠に存在するわけではない。光があるとき、その一瞬だけ「ちらり」と存在した。
しかし、ひとはなぜ、そういう「小さいこと」を忘れることができないのだろうか。思い出は小さくなれば小さくなるほど美しくなる。
それにしても、この「ちらりと小さな影が見えた」ということばの順序の絶妙さ。「小さな影がちらりと見えた」では、何かが違ってくる。「ちらり」は、これからあらわれるものを予感させる。その予感によって「小さな影」が小さいけれどとても印象深くなる。こんなところにも中井の訳のおもしろさがある。
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