自民党憲法改正草案再読(19)
(現行憲法)
第27条
1 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。
(改正草案)
第27条(勤労の権利及び義務等)
1 全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。
3 何人も、児童を酷使してはならない。
改憲草案は、第三項で、なぜ「何人も」ということばを挿入したのだろうか。
私は現行憲法の「何人」を「人はだれでも」「どんな人でも」と読んでいる。「人はだれでも」というとき、そこに「児童」も含まれている。だから、改憲草案にそれをあてはめることはできない。「児童は、児童を酷使してはならない」という文章にもなるからだが、文章にしてみるとわかるように、これはとても奇妙である。
ここから逆に、私は、自民党改憲草案の「何人」の定義は「人はだれでも」ではない、と考える。では、いったい何なのか。わからない。ほかの条文の「何人」と比較しないと、はっきりした定義はできないと思う。言えるのは、改憲草案は「何人」を「人はだれでも/どんな人でも」とは考えていないということだ。繰り返しになってしまったが、これは、大きな問題を含んでいるかもしれない。この条項では、よくわからないが。
私の考えでは、現行憲法の第三項は、かつて児童が労働者として酷使された時代があったということを踏まえて書かれていると思う。「だれが」が問題ではなく、「児童の労働」がテーマであり、そのことに関しては「酷使してはならない」が現行憲法の意味だと思う。「これを」はテーマが何であるかを指し示す現行憲法が採用している重要な「文体」である。改憲草案は、テーマを隠そう隠そうとしている。
「何人」というとき、自民党は「だれ」を想定しているのか。それが、とても気になる条項である。そして、これはテーマとも、密接な関係があるはずだ。
(現行憲法)
第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。(改憲草案)
第28条(勤労者の団結権等)
1 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。
2 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。
ここでも改憲草案は「テーマ」を目立たないようにしている。そして、その改憲草案の第二項は新設されたもの。教員などの公務員の権利制限が「合憲」か「違憲」かをめぐって司法の判断がわかれたことを踏まえ、「違憲判決」が出ないようにするために設置したものだろう。
問題は、「権利の全部又は一部を制限することができる」というときの「制限する行為者」、つまり「主語」はだれか、ということである。ここには「何人も」が出てこない。制限するのは、「何人」ではなく、権力者(政府)なのである。国民が、公務員の権利を制限しろと求めて、権利が制限されるのではなく、政府が公務員の権利を制限する。政府の意思通りに動かそうとする。それが「できる」と書いてあるのだ。
そして、ここから第27条の三項にもどると、「何人も、児童を酷使してはならない」は「政府は、児童を酷使してもいい」という意味を含んでいるように見えてしまう。「政府(権力)」は「何人(ひとはだれでも、どんなひとでも)」の対極にある。憲法は権力に対して「〇〇してはいけない」という禁止条項をつきつけるものだが、第27条第三項からは、「政府は」という対象が完全に消えている。そこで「禁止」を言い渡されているのは「何人」であって「政府」ではない。たぶん「政府」の権力行使を許容することの裏返しとして、「何人も〇〇してはいけない」と国民に「禁止事項」を伝える、ということを改憲草案は狙っているのである。
少し脱線した。そうではなく、問題点に踏み込ことができたのかもしれない。
現行憲法は、国(政府)に対して「禁止事項」をつきつけているが、改憲草案は逆なのである。国は国民(公務員も国民)の権利を制限できる。すべての勤労者の権利を制限する前に、まず公務員の権利を制限する。たとえば国の方針に反対する公務員を許さない、という形で権利制限が始まる。たとえば、「君が代」斉唱のとき、歌わなかった教員を処分する(歌わないという権利の行使を許さない)というのは、その例だろう。
「公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない」というのも、あたりまえのことを書いているように見えるが、では、「だれが」講じるのか。主語を補って考えると、いろいろな問題が見えてくる。さまざまな労使問題を解決するとき、一般の企業では「労使交渉」がある。労働者の代表と資本家の代表が話し合う。公務員の場合も、そうしたことが保障されるのか。きっと保障されないだろう。政府が一方的に公務員の権利を制限する、ということが起きるはずであり、そのときの「労働条件の改善(補償)」のようなものも、一方的に「講じられる」ことになるだろう。
ここでも改憲草案は、権力をフリーハンドにしている。
私は公務員として働いたことがないので「労使交渉」の実態がわからないが、この新設条項は非常に危険だと思う。私たち国民が実際に向き合うのは、菅や安倍ではなく、自治体の職員(公務員)である。その人たちの権利が制限されるとき、きっと国民にもその影響が出ると思う。何かの式典で教員が「君が代」斉唱を拒否する。そして、処分される。そういうことが「周知」されると、一般国民が「君が代」斉唱を拒否したとき、そういう国民は許すことができなという「風潮」を呼び起こすことになるだろう。「国のことを思うなら、君が代を歌え、歌わないのは反日だ」という批判を誘うことにもなるだろう。
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