和辻哲郎「倫理学」のなかに、和辻ならではのことばがある。ピラミッドについて触れた部分だが、ピラミッドの壁に描かれた絵について、それは
死者、その霊が見て楽しんだというよりも、まだ死なない死者が、死後の生活として、すでに生前において、満足をもって眺めているのである。
記憶で引用しているので、たぶん、ずいぶん間違えて書いているところがあると思うが、私はそんなふうに読んだ。
何がおもしろいかといって、ピラミッドをつくるように命じた王が、どこかにそんなことを書いていたわけではなく(そんな記録は残ってはいない)、ここに書かれていることは和辻の想像だからである。「歴史」なのに、想像を書いている。そして、それは王の想像力を想像したものである。
それにしても「まだ死なない死者」という表現が、とてもおもしろい。「まだ死なない」なら「死者」ではない。でも、「これから何年かしたら死ぬであろう王」と書くよりも、「まだ死なない死者」という矛盾した表現の方が、とても強いものを持っている。
矛盾というのは、ひとつの「論理の形」だが、和辻はときどき「論理」を超える。この「超論理」を「直観」と呼べばいいのかもしれない。和辻のことばには「直観の強さ」がある。