池田瑛子『星表の地図』(思潮社、2020年08月20日発行)
詩に限らないが、ことばを書くことは一種の「根気」である。「根気」をどう把握するかはひとによって違うだろうが、私は簡単に「積み重ね」と考えている。積み重ねの基本は「同じ」を積み重ねる。最初に選んだものを守り通す。そうすると、積み重なったものが「整っている」感じになる。落ち着く。もちろん、落ち着いていればそれでいいというのではないが、落ち着いているものを見ると安心する。池田瑛子『星表の地図』を読んでいると、そんなことを考える。
「射水線 過去の駅から」という詩がある。
海沿いの町を三日月形に走る線路
右端の木立の影から現れてくる電車
左からカーブを曲がってくる電車
単線のローカル線 車両がすれ違う四方駅
朝夕は二両編成 日中は一両
速くはなかったけれど ほっとしたあの振動
退屈である。何も起きそうにない。まあ、ローカル線なのだから、そういうものなのだ。このあと詩には「魚の行商のおばさんたちの話し声」というようなものも描かれるが、それはただそこにあるだけのものである。あるがまま。何も変わらない。
で、これが詩か。
詩ではない、少なくとも「現代詩」ではない、と切り捨てることは簡単である。だが、この、目新しさがひとつもない「積み重ね」に少しつきあってみるのも悪くない。私たちが見るものは、たいていが「積み重ね」である。そして、そこには、「積み重ね」を繰り返す「根気」だけがみつけだすものもあるのだ。
「海王丸のいる風景」。
四十六年の悲願がみのって
平成二十四年 新湊大橋が架かった
海王丸パークに係留されている
帆船「海王丸」 乗船してみると
半分に切った椰子の実で磨かれた甲板
訓練生の汗ばむ掌を覚えている大舵輪
色とりどりの国際信号旗
海図に自船の位置を記入するとき
方位を測った井上式三角定規が
ヨットの形に置かれ
遠洋航海の写真は群れ飛ぶ白鳥のようだ
薬品棚と医療器具が並ぶ診察室
池田自身の日常(暮らし)を見つめてきた視線が、他人を発見し、その他人をまるで池田のように動かしている。海王丸の乗組員、実習生が池田と同じように「積み重ね」を生きた人間かどうかはわからないが、池田は「同じ人間」として想像し、自分の「肉体」を重ねている。
そうすると、そこに突然、乗組員や実習生の「夢」のようなものが「実感」として噴出してくる。
方位を測った井上式三角定規が
ヨットの形に置かれ
遠洋航海の写真は群れ飛ぶ白鳥のようだ
乗組員、実習生が「ヨット」や「群れ飛ぶ白鳥」を見たかどうか、わからない。だが、池田は「見た」と実感し、それが自分の夢なのか、乗組員の現実なのか、区別せずに書いている。「積み重ね」が突然「異次元」へとひとを連れて行くのだ。
この美しさは、「積み重ね」と「根気」がつかみ取ったものである。
こういう「根気」のひとは、「根気」のひとを呼び寄せる。「躍る布袋」は濱谷白雨と池田の父の交流を描いている。白雨は日本画家なのだが、
トラホームにかかり失明の不安に悩んだ時期
老荘の教えに傾倒し
寒山の詩集をすべて書写し
良寛禅師の必死に学んだという
手術して視力は回復し絵を描き続けたが
東京に家族をおいて
郷里の富山で仙人のように暮らした
その白雨没後五十年展の次の年、
次の年の秋 小春日和の日にわたしたちは
六十五年余り前 (昭和二十年代)
白雨と父がたびたびお酒を酌み交わした
同じお座敷に白雨の軸
「白鷺と蓮」「滝」「躍る布袋」をひろげ
遠い親戚のように集まった
そのとき 庭に十数羽の青い鳥たちが
急に集まり木々や水鉢にパタパタと羽搏き
驚いてわたしたちは縁側にでてみた
あれは亡くなったひとたちだったろうか
「積み重ねてきた」交流が、そのなかでととのえてきたこころが「あれは亡くなった人たちだったろうか」というところへ、異次元へ、自然に結びつく。たぶん、異次元ということを意識せずに。
「積み重ね」「根気」がつくりだす「道」というものがあるのだ。
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画家の周りに、その人の絵を囲んで、友人たちが集まっていると、庭先に青い鳥たちが、十数羽、バタバタと集まってきたという。
今までには無かったことだという。
実話でしょうねーーー
創作だとすれば、あまりに唐突。
だから実話なんでしょう。
ぼくは、その実話は、亡くなった人が集まってきたのだと思いたい。
詩の中に出てきた、超常現象の実話?