野沢啓「文法的詩学との交差点--藤井貞和試論との対話」(「イリプスⅢ」6、2024年01月20日発行)
私は「誤読」が大好きな人間であるから、他人の誤読を指摘しても意味はないのだが、しかし、まあ、驚いた。
あらためて認識しよう。詩とはそれぞれが起源の言語とならなければならない。
この部分だけを取り出せば、野沢がこれまで書いてきた「言語隠喩論」の「復習」と読めないわけではないのだが(野沢はそのつもりだろうが)、ここで書かれている「起源」というのは、実は藤井貞和の書いた文章からの借用である。
「イリプスⅢ」5で藤井が野沢の「言語隠喩論」に対する好意的な批評を書いたので、今度は野沢が、藤井の論を紹介しながら藤井を持ち上げているのだが、藤井の書いている「起源」は「一般的」なものではない。
藤井は「和歌」をとりあげ、「類歌」に触れている。古典の和歌には、たしかに類歌がたくさんある。類歌というのは似ている歌のことであるが、似ているということは「違い」もあるということ。その「違い」のなかに、個人の始まりの欲望を藤井は読み取っている。類似しているけれど、それが「違い」を含んでいるのは、そこに「個人」意識がある(自分は他人とはここが違う、という意識がある)。つまり、類歌には「個人の起源」が認められる。
野沢が引用している部分は、こうである。
個人に始まる新しさ、自分において初めてだという「起源」を作り出す。創作文学であるとはその謂いで、起源を作り出すというように考えれば、類型の量産にすら個によるオリジナリティがある。
似ていても違う部分がある。それは「オリジナリティ」である。そこに「個人」が認められる。みんな「個人」になりたかった。
藤井は和歌の歴史を振り返りながら、そういうことを言っている。
これを野沢は「拡大解釈」している。
で、ここでも思うのだが、私は野沢は、なぜここで「詩とはそれぞれが起源の言語とならなければならない」と「詩」に限定して論を進めるかである。藤井はまったく逆に「和歌」の、しかも「類歌」に焦点をあてて、そこから「起源」ということばを発しているのに、である。
私の考えでは、それぞれが、それぞれの個人を起源として、それぞれのことばを作り出すというのは詩に限定されることではない。和歌(短歌)も俳句も小説も哲学も、みんなそれぞれの「個人的言語」で書かれている。
傍目には漱石と鴎外は「日本語」で小説を書いているが、よくよく読んでみると、漱石は漱石語、鴎外は鴎外語で書いている。その「個人語」の違いがわからないなら、漱石も鴎外も読んだことにはならないだろう。哲学も同じ。みんな、それぞれの個人語で書いている。
いちばんいい例が「新約聖書」である。(日本語の例ではないが、日本語の例ではないからこそ、「個人語」こそが「文学/哲学/宗教」であることを説明するのに都合がいいだろう。)「新約聖書」では何人かの人が、みんなキリストのことを語っている。それは「同じこと」を語っているはずなのに、違っている。キリストは十字架にかけられて死んだ。その事実は同じなのに、そしてその理由、行動も同じなのに、書くひとが違えば、書かれることが違っている。キリスト教徒ではない私が言っても何の説得力も持たないが、そこに「違い」があるからこそ、キリストは存在したし、その目撃者もいたという「普遍的事実」がわかるのである。それぞれの目撃者が、「それぞれを起源とする言語」で書いたのが「新約聖書」なのである。そこに語られることは「類型」である。キリストは愛を説いたが迫害され、十字架にかけられて死んだ。だれも、その「類型」から逸脱しては語らない。そればかりか、彼らがやろうとしていることはキリストを正確に描くこと、キリストの「真理」にせまろうとして書いているのだが、そのそれぞれが「違い」を含んでしまっている。それぞれが「起源」になってしまっている。複数の人間が「認識」をすり合わせて一冊の「キリスト伝記」を書くことができなかった。そんなことは、真剣にキリストと向き合えば向き合うほどできないことなのだ。それが文学(言語作品)というものなのだ。
野沢は藤井の書いた「個人」「オリジナリティー」ということばを読み落としている。つまり、藤井が「類歌」を超えて存在するものを明るみに出そうとして「個人を起源としての文学」を語っているのに、その部分をすっ飛ばして、野沢に都合のいいように「詩とはそれぞれが起源の言語とならなければならない」と言っている。
野沢は大急ぎで藤井の書いたものを読み直し、「よいしょ」をしているのだが。ここでも、私は少なからず笑ってしまった。
藤井は「文法」を取り上げている。藤井の用語をつかわずに、テキトウに端折って私が理解していることを書けば、日本語には英語や西洋の多くのことばと違って「助詞」のような特別なことばがある。それが日本語の文体に大きく影響している。その「文法」が大事である、と言っている。
で、このことに対して野沢が真に賛同しているのだとしたら、いままで野沢が引用してきた多くの西洋の哲学者や詩人のことばは、いったい何を「説明」するためのものだったのか。西洋の哲学者、思想家は「言語」について語るとき、日本語特有の文法、たとえば「助詞」のことを問題にしていないだろう。その彼らの「理念」を持ってきて、それがどうして野沢が向き合っている日本語の詩、野沢自身の詩と関係があるのだ。
藤井は藤井で「藤井語」を追求している。藤井語の文学、藤井語の文法。藤井語の、言語の運動。藤井起源の言語を創出しようとしている。そのために日本語の古典を読み、日本語の現代詩を書いている。他の活動もしている。
「起源」にこだわるなら、そこから論を進めるべきだろう。
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1)藤井さんの和歌、類歌論でしょうか?類歌が存在するということは個人が存在するということである。みな、個人になりたかった~面白いですね。しかし、今だって、その通りですね。過去ではなく、現在進行形ですね。
2)個人的言語という言葉が出てきます。面白いですね。ところで、文学は個人的言葉で書かれています。逆に、科学は個人的言葉で書かれればダメですよね。かつての、小保方さんの論文は、あまりにも個人的言語で書かれたので、科学の世界では抹殺されたのですね。もし小保方さんが、自分の実験を個人的言葉で小説にしたら、直木賞が取れたかもしれません。これは悪い冗談ですが~
3)さて、重箱の隅をつつきますが、僕はてっきり哲学は科学だと思っていました。しかし、哲学科は文学部の中に入ってますね。微妙ですね^^^