詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高貝弘也「黒犬/記憶」

2020-09-22 10:08:32 | 詩(雑誌・同人誌)
高貝弘也「黒犬/記憶」(「午前」17、2020年04月15日発行)

 高貝弘也「黒犬/記憶」は、ひとつの作品のタイトルではなく、二つの作品のタイトルを併記しているのかもしれない。右ページと左ページに七行、八行とことばがわかれている。そして、リズムも違う。
 引用するのは右ページ、たぶん「黒犬」という作品。

春浅み 月かげ

柔らかい袖の、撫でもの

あの 風に揺れている深見草

緑の金魚が 赤い藻かげで泣いている

繊い火 ものの葉 溜色

ほそい寄りものに寄りそって、

あなたはずっと生きつづけるだろう

 いくつかのことばにはルビが散らしてある。括弧で補うと、印象が違ってくるので、省略した。
 何が書いてあるか、わかりますか?
 いきなり「春浅み」といまはつかわない(たぶん)ことばではじまる。「月かげ」もつかわないなあ。つかわないけれど、つかわないからといってまったく知らないことばではない。わからないことはない。でも、わからない。
 わからなくても印象に残ることばがある。それは単独で印象に残るのではなく、ほかのことばと呼び掛け合って印象に残る。ほんとうにことばが呼び掛け合っているのかどうかわからないが、高貝のことばにふれると、私のなかにあることばが触発されて呼び掛け合うように動く。そのとき、「意味」のようなものが、私の「肉体」のなかで生まれてくる。
 こんな具合。
 春「浅」み、「深」見草。浅いと深いが呼び掛け合っている。その呼びかけの間に、「柔らかい」「揺れている」も呼び掛け合う。揺れるものは、柔らかくないといけない。硬いものは、揺れない。そしてこの柔らかさは「撫でる」ということばとも呼び掛け合う。「揺れる」は「袖」にも「草」にも呼びかけ、そこに「撫でる」ようなふれあい、柔らかい感触がある。「春」の「風」によって、袖が揺れ、草の葉を「撫でる」のか、草の葉が揺れ、袖を「撫でる」のか。どちらでもいい。たぶん、両方なのだ。主語、目的語、などと区別する必要はない。
 これが春浅「み」、月「かげ」によって、いま、ここにあらわれてくる。ちょっと古典的な世界。でも、きっと記憶にある世界だね。
 そういう「もの」(存在)を並列したあとで、奇妙な一行が、「文章」のように書かれている。

緑の金魚が 赤い藻かげで泣いている

 「主語」と「述語」がある。「文章」だ。
 それ以前のことばは、「春浅み」をのぞけば体言止め、名詞の羅列。それらのものの関係がどうなっているか、わからない。ただ、そこに存在している。存在することで、何事かを呼び掛け合っている。いろいろな存在のなかから、ある名詞を選び、存在させることで、いままで存在しなかった「呼びかけ」を引き出している。
 でも、この一行は違う。「金魚が/泣いている」という「文章」が成り立つ。そのことば自体、奇妙、常識に反するけれど、常識を裏切ることばはそれだけではない。「緑の金魚」「赤い藻」。ふつうに思い浮かべれば「赤い金魚」「緑の藻」。でも、その「ふつうの想像力」を否定するようにことばが動いている。否定を印象づけながら動いている。
 そして、この不思議な光景に、深「見」草が呼び掛ける。「草」は「藻」と呼び掛け合い、「深見草」に潜む「見」は浅「み」とも呼び掛け合っている。意味としてはまったく違うが「音」が呼び掛け合う。不思議な和音をつくる。同じことは藻「かげ」、月「かげ」によっても起きる。月影は月の光だから、藻影のように何かを隠したりはしない。「あらわす(てらす)」と「隠す」が「かげ」のなかで交錯し、それに「見/み」が呼び掛ける。
 泣いている金魚を、隠れてそっと見ている。あるいは金魚が隠れて泣いているのを見てしまった。これが、この詩に書かれている「事件」かもしれない。
 このあと、「文章」は再び、単語(名詞)になって散らばっていく。「もの」の痕跡をかすかに残し、砕け散る「象徴」という感じだな。「繊い火」は書かれなかった金魚の「赤」、「ものの葉」は「藻の葉(?)の揺れ」、「溜色」ということばを私は知らないので、「ため息」を思い、金魚と藻がふれあって漏らす声を連想したりするのである。
 そういう、一種、はかないものたちが「ほそい」ということばに収斂していく。「撫でる」に象徴されるふれあいは「寄りそう」という動詞につながっていく。
 「一体」になるのではなく、寄りそう。

 「黒犬」を見て、高貝は、そういうことを考えたのか。黒犬は孤独な野良犬か。ここに書かれているのは、それとも「黒犬」が見た、ある春の情景なのか。「黒犬」が見ている世界を高貝が想像して描いた世界なのか。
 どうとでも「意味」(論理)は動いていく。
 問題は、(大切なのは)、そのときの「意味/結論」ではなく、ことばにそういう動きをさせてしまうもの、「ことばの呼び掛け合い」がこの詩のなかにあるということだ。
 ことばとことばを結びつけて、人間は、自分の考える「意味」をつくっていく。「意味」は捏造されるものであり、「意味」になる前のことばの呼び掛け合いに耳を澄ますことが大事なのだと私は思う。
 高貝は、どこまでも耳を澄まして、誰も聞いたことのないことばとことばの呼び掛け合いを聞き取る。こういうとき、そこにはどうしても「古典/ことばの記憶」が反映してくる。ことばは「未来」のものではなく、ことばを語ってきた「過去」のものだからである。「いま」の暮らしが振り落としてしまっている「過去」のことばの呼びかけを、記録として残していく、というのが高貝の仕事の進め方なのだと思う。




**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」8月号を発売中です。
162ページ、2000円(送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168079876



オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 嵩文彦「生活」 | トップ | 伊藤芳博『いのち/ことば』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

詩(雑誌・同人誌)」カテゴリの最新記事