これが現在の長浜家屋敷(黒木御所)です。今は無人で当主は島外にお住まいとの事です。敗戦後まもなく何人かの「自称天皇」が現れそのうちの一人「熊沢天皇」が最も有名でよく覚えていますが、「長浜天皇」の名前もかすかに私の記憶に残っています。
安徳天皇はこの硫黄島で成人し子孫を残します。それが代々のこの地の長浜家です。これが黒木御所です。長浜家の屋敷が「黒木」御所と名づけられている理由が不学の私にはよくわかりませんでした。三島村職員の方のヒントを基に調べてみると答えは簡単でした。広辞苑に「黒木の御所―丸木造りの粗末な御殿。天皇の行在所」とありました。ちなみに「黒木」をひくと「皮を削らぬ丸木の木材」とありました。参考までに太平記には後醍醐天皇が隠岐に流され「黒木ノ御所ヲ作テ皇居トス」とあります。