最初の写真で見えた湖を近くで撮影したものです。19世紀はじめ王朝最後の王スリ・ウィクラマ・ラジャシンハによって12年間かけて造られました。この湖の建設に反対した小領主たちはこの湖の上で火あぶりの刑に処せられました。
手前に魚がたくさん見えますが、皮肉にも仏教の不殺生戒の教えにより捕ることは禁止されています。
最初の写真で見えた湖を近くで撮影したものです。19世紀はじめ王朝最後の王スリ・ウィクラマ・ラジャシンハによって12年間かけて造られました。この湖の建設に反対した小領主たちはこの湖の上で火あぶりの刑に処せられました。
手前に魚がたくさん見えますが、皮肉にも仏教の不殺生戒の教えにより捕ることは禁止されています。
ポロンナルワの次に訪れたのはキャンディでした。ポルトガルから始まってオランダ、イギリスによるスリランカ植民地化は1815年イギリスにより完成します。そのときの最後のスリランカ王朝の首都がキャンディです。ヨーロッパ諸国の侵略によって弱体化したキャディ王国は標高500mの山に囲まれ、現在人口16万人の小さな町です。しかし「領土的に最後の砦となったキャンディこそ『純粋で真正な伝統文化』が残存している、そう考えられたのである」(「スリランカを知るための58章」p277)
写真は盆地を取り囲む山の中腹から撮影したものです。