この写真はハルビンの記念館にあったもので旅順での取調べの様子です。取調べはかなり紳士的であったようでその事情については 2011年6月30日、7月3日、7月6日をご覧ください。そして1910年3月に死刑になります。その後の遺体については種々推測 されていますが、ここでは「中国東北部の『昭和』を歩く」(鄭銀淑著p323)の一節を紹介しておきます。
「安重根は『祖国が解放されたら、死体を故郷に埋めてくれ』という遺言を残した。しかし、旅順監獄近辺に埋葬されたとされる遺体は100年が過ぎた今も、祖国に帰ることなく、遠い異国で眠っている」
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