この本は、所謂、写真や図説がふんだんに載っている比較的気楽に読める解説書と言った雰囲気の本だが、文化人類学や歴史学の大家である増田義郎教授の著作であるから、学術的にも手抜きのない、しかし、実に面白い。
今では、ソマリヤ沖やマラッカ海峡の海賊が有名だが、私の子供の頃には、ピーターパンのフック船長、今なら、さしずめ、パイレーツ・オブ・カリビアンであろうか。
この本は、地中海の悪魔、海賊の巣ギリシャと銘打った章から始まる。
まず、交易を盛んに行っていたフェニキア人が、平和な商人ではなく武装した商人であって、時と場合によっては、略奪も辞さない商人兼海賊であったから、これに対抗したあのギリシャ人自身も、商業取引だけではなく、海賊行為をどんどん行っていたと言う。
驚くなかれ、ホメロスの「オデュッセイア」に出てくるトロイ戦争の英雄オデュッセウスさえも、「城址を攻略し、市民を掃討したのち、市中から婦女たちや、沢山の財物を奪い取って、仲間内で分配した」と書いてある。
要するに、勝てば官軍負ければ賊軍で、ギリシャもローマも征服の美名のもとに海賊行為と戦争で、勢力を拡大して歴史を築いてきたようなものなのである。
イスラムの台頭とその脅威に対抗して、イタリアやスペインが、ガレー船で闘う地中海の海戦や、オスマン帝国崩れのバルバリアの海賊の暗躍なども面白いが、何と言っても、大航海時代以降の、大西洋を舞台にした西洋列強間の私掠船の略奪行為と国家の命運をかけた熾烈な戦いである。
アメリカの新世界で金銀財宝を蓄積したスペインを餌食とした英仏蘭などの私掠船(政府の正式の海軍ではないが、国王や貴族の免許状を持ち、彼らの出資を受けた船)の暗躍で、本来の海賊とははっきりと区別されてはいるが、各自の判断で略奪をおこなうのだから相手から見れば海賊であり、本国から実質的なバックアップを受けているだけに始末が悪い。
フランスの私掠船は、太平洋だけではなくアメリカ大陸本土まで出かけて行って略奪の限りを尽くしたようだが、面白いのは、その後を継いだのはイギリスだが、交易に出かけたエリザベス女王出資のイギリス船団が、スペインのだまし討ちに会って大変な受難を受け、その船団の被害者の一人であったフランシス・ドレイクが、女王の指令を受けて私掠船活動を始めて、復讐への航海によって、前代未聞とも言うべきドレイクの大略奪を敢行したのである。
さて、このドレイクだが、何処までも海賊で、マゼランの後をついで世界一周の旅に出たのだが、これも前代未聞の大規模な私掠を伴ったようで、実入りがすくなかったとかで、マゼラン海峡を回って東岸伝いに南アメリカ大陸を北上してサンフランシスコまで行って、途中で財宝を満載したスペイン船を襲って大略奪を行ったとか。ただし、スペインに配慮して文書上の証拠は殆ど残さなかったと言う。
更に興味深いのは、ドレイクがこの世界一周で国にもたらした宝は、全部で60万ポンドで、30万ポンドを下らない配当を得たエリザベス女王は、この配当金で外債を全額清算し、その一部をレパント会社に投資して、その収益を基に東インド会社が組織されたとケインズが論文に書いているほどだから、謂わば、大英帝国の基礎を築いた英傑で、エリザベス女王も、ドレイクをナイトに叙したのである。
英国の商船が、本当の貿易船だったのか海賊だったのかは別にして、その後、シティで盛んとなる、投資、そして、保険などの資本主義経済の萌芽が見え隠れしていて面白い。
ドレイクの頂点は、1588年のスペインの無敵艦隊アラマダの撃破で、これによって、世界の覇権は、スペインから少しずつイギリスに移り、七つの海を支配する大英帝国の時代が始動し始めるのである。
しかし、この時点では、海外に領土を持っていたのは、スペインとポルトガルだけで、16世紀以来、2世紀近くにわたって、イギリスは海外に殆ど領土を持たない小国に過ぎなかったと言うのだから面白い。
強敵スペインと渡り合っていたのは、私掠船による略奪であったが、次の世紀になってからカリブ海で新しく獲得した植民地や基地を起点に、弱体化したスペインに対抗できるようになってきたので、私掠船と言う非常手段は不必要となって行ったと言う。
この本の海賊は、主に、個人が主人公の海賊の物語だが、良く考えてみれば、イギリスのインド支配を筆頭に、欧米の植民地支配の実態の殆どは、国家的な略奪行為と言っても良い程、強者の理論に基づく結果であるような気がする。
この本では、初期の海洋王国ポルトガルについては、アフリカの奴隷貿易程度の記述しかなく、スペインとともに、どちらかと言えば、国家レベルでの略奪に近い植民地支配が先行して富を築いていたので、仏英蘭の私掠船などの海賊の餌食だったのかも知れない。
結局、冒頭での、ギリシャが、商人であり、かつ海賊であったと言う歴史上の事実について考えても、主観、価値観の問題であって、戦争行為と絡ませて考えれば、何が正義か分からなくなってくる。
いずれにしろ、個人レベルであろうと国家レベルであろうと、海賊は、言うならば、時には、歴史上の主人公でもあったと言うことでもある。 この本には、男装していた女海賊が妊娠していたので減刑されたなどと行った興味深い話などもあって、非常に面白く読ませて貰った。
今では、ソマリヤ沖やマラッカ海峡の海賊が有名だが、私の子供の頃には、ピーターパンのフック船長、今なら、さしずめ、パイレーツ・オブ・カリビアンであろうか。
この本は、地中海の悪魔、海賊の巣ギリシャと銘打った章から始まる。
まず、交易を盛んに行っていたフェニキア人が、平和な商人ではなく武装した商人であって、時と場合によっては、略奪も辞さない商人兼海賊であったから、これに対抗したあのギリシャ人自身も、商業取引だけではなく、海賊行為をどんどん行っていたと言う。
驚くなかれ、ホメロスの「オデュッセイア」に出てくるトロイ戦争の英雄オデュッセウスさえも、「城址を攻略し、市民を掃討したのち、市中から婦女たちや、沢山の財物を奪い取って、仲間内で分配した」と書いてある。
要するに、勝てば官軍負ければ賊軍で、ギリシャもローマも征服の美名のもとに海賊行為と戦争で、勢力を拡大して歴史を築いてきたようなものなのである。
イスラムの台頭とその脅威に対抗して、イタリアやスペインが、ガレー船で闘う地中海の海戦や、オスマン帝国崩れのバルバリアの海賊の暗躍なども面白いが、何と言っても、大航海時代以降の、大西洋を舞台にした西洋列強間の私掠船の略奪行為と国家の命運をかけた熾烈な戦いである。
アメリカの新世界で金銀財宝を蓄積したスペインを餌食とした英仏蘭などの私掠船(政府の正式の海軍ではないが、国王や貴族の免許状を持ち、彼らの出資を受けた船)の暗躍で、本来の海賊とははっきりと区別されてはいるが、各自の判断で略奪をおこなうのだから相手から見れば海賊であり、本国から実質的なバックアップを受けているだけに始末が悪い。
フランスの私掠船は、太平洋だけではなくアメリカ大陸本土まで出かけて行って略奪の限りを尽くしたようだが、面白いのは、その後を継いだのはイギリスだが、交易に出かけたエリザベス女王出資のイギリス船団が、スペインのだまし討ちに会って大変な受難を受け、その船団の被害者の一人であったフランシス・ドレイクが、女王の指令を受けて私掠船活動を始めて、復讐への航海によって、前代未聞とも言うべきドレイクの大略奪を敢行したのである。
さて、このドレイクだが、何処までも海賊で、マゼランの後をついで世界一周の旅に出たのだが、これも前代未聞の大規模な私掠を伴ったようで、実入りがすくなかったとかで、マゼラン海峡を回って東岸伝いに南アメリカ大陸を北上してサンフランシスコまで行って、途中で財宝を満載したスペイン船を襲って大略奪を行ったとか。ただし、スペインに配慮して文書上の証拠は殆ど残さなかったと言う。
更に興味深いのは、ドレイクがこの世界一周で国にもたらした宝は、全部で60万ポンドで、30万ポンドを下らない配当を得たエリザベス女王は、この配当金で外債を全額清算し、その一部をレパント会社に投資して、その収益を基に東インド会社が組織されたとケインズが論文に書いているほどだから、謂わば、大英帝国の基礎を築いた英傑で、エリザベス女王も、ドレイクをナイトに叙したのである。
英国の商船が、本当の貿易船だったのか海賊だったのかは別にして、その後、シティで盛んとなる、投資、そして、保険などの資本主義経済の萌芽が見え隠れしていて面白い。
ドレイクの頂点は、1588年のスペインの無敵艦隊アラマダの撃破で、これによって、世界の覇権は、スペインから少しずつイギリスに移り、七つの海を支配する大英帝国の時代が始動し始めるのである。
しかし、この時点では、海外に領土を持っていたのは、スペインとポルトガルだけで、16世紀以来、2世紀近くにわたって、イギリスは海外に殆ど領土を持たない小国に過ぎなかったと言うのだから面白い。
強敵スペインと渡り合っていたのは、私掠船による略奪であったが、次の世紀になってからカリブ海で新しく獲得した植民地や基地を起点に、弱体化したスペインに対抗できるようになってきたので、私掠船と言う非常手段は不必要となって行ったと言う。
この本の海賊は、主に、個人が主人公の海賊の物語だが、良く考えてみれば、イギリスのインド支配を筆頭に、欧米の植民地支配の実態の殆どは、国家的な略奪行為と言っても良い程、強者の理論に基づく結果であるような気がする。
この本では、初期の海洋王国ポルトガルについては、アフリカの奴隷貿易程度の記述しかなく、スペインとともに、どちらかと言えば、国家レベルでの略奪に近い植民地支配が先行して富を築いていたので、仏英蘭の私掠船などの海賊の餌食だったのかも知れない。
結局、冒頭での、ギリシャが、商人であり、かつ海賊であったと言う歴史上の事実について考えても、主観、価値観の問題であって、戦争行為と絡ませて考えれば、何が正義か分からなくなってくる。
いずれにしろ、個人レベルであろうと国家レベルであろうと、海賊は、言うならば、時には、歴史上の主人公でもあったと言うことでもある。 この本には、男装していた女海賊が妊娠していたので減刑されたなどと行った興味深い話などもあって、非常に面白く読ませて貰った。