熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

吉例顔見世大歌舞伎・・・仁左衛門の「熊谷陣屋」

2005年11月18日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   昼の部の目玉は、やはり、片岡仁左衛門の「熊谷陣屋」の熊谷直実の素晴しい舞台である。
   最初は随分以前に京都南座で演じたようだが、襲名披露の時にも演じており、既に定評のある演目のようであるが、今回は、遥かに格調高く豪快な熊谷で、その進境の著しさに感動を覚えた。

   少し前に、忠臣蔵の山科閑居で、実に骨太の素晴しい加古川本蔵を見たが、近松の「冥途の飛脚」の忠兵衛や「廓文章」の伊左衛門とは全く違う世界、実に、器用な役者である。
   私は、仁左衛門襲名披露の舞台で、團十郎家のお家芸の向こうを張って、この江戸で、助六を演じる仁左衛門を見てその粋な何とも言えない男伊達に感激したことがあるが、その後、宮辻政夫著「花の人 孝夫から仁左衛門へ」を読んで、益々、仁左衛門の芸に感激するようになった。
   私が、最初に仁左衛門を見たのは、テレビドラマで、八千草薫とのラブロマンスモノであったが、最近は、仁左衛門の舞台は欠かさず観に来ている。

   この熊谷陣屋は、「平家物語」と「源平盛衰記」を下敷きに書かれたようであるが、私は、平家物語しか読んでいない。
   この歌舞伎では、実際には、平清盛の弟経盛の実子、即ち、清盛の甥である敦盛は、殺されずに、直実の実子小太郎が身代わりになって殺されることになっている。
   敦盛が後白河院のご落胤で、命を助けたい主君源義経の意向を汲んで、身代わりに自分の息子を殺して忠君に報いなければならない直実と妻の相模の苦衷を描く実に悲しい物語である。
   同じ様な舞台が、「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋」で、松王丸が、自分の息子を道真の子供管秀才の身代わりとして武部源蔵に殺させて首実験をする。
   あの王女メディアだって、自分の子供2人を殺して夫に恨みを晴らす凄いギリシャ悲劇があるが、舞台だから良いものの、何時も耐えられない心境で見ている。

   学生時代に、岩波の古典文学大系の「平家物語」や谷崎源氏を読んで、京や奈良等平家物語や源氏物語の舞台を歩いたことがあり、この一の谷や須磨にも出かけた。
   今では、海岸線などなくなって人間世界に占領されてしまっているが、あの頃は、まだ白砂青松、美しい海岸線が続いていて、波打ち際の波音が爽やかであった。
   勿論、明石大橋などなくて、近くに淡路、遠くに四国が遠望できた。
   何処からか、青葉の笛の音が聞こえてくるような雰囲気であった。

   ところで、平家物語の第89句「一の谷」には、敦盛の最後、熊谷発心、熊谷牒状、経盛辺牒と4段に渡って、敦盛と熊谷との戦い、そして、その後の熊谷の発心が描かれていて、熊谷が牒状に添えて敦盛の首と遺品を経盛に送り、経盛が返事を書いている。

   「左右の膝にて敵の兜の袖をムズと押さえて、「首をかかん」と兜を取って押しのけ見れば、いまだ十六七と見えたる人の、まことにうつくしげなるが、薄化粧して鉄漿つけたり」
   助けたい一心で逃げろと言うが、急ぎ首を取れ、と聞き入れない。
   見方の軍勢が近づいて来たので仕方なく首を掻き切る。
   「御首つつまんと、鎧直垂を解いて見れば、錦の袋に入れたる笛を、引き合わせに差されたり。・・・「いとほしや。今朝、城のうちにて管弦い給いしは、この君にてましましける・・・」
   実に美しい実景描写続いていて、何故、小太郎の首に変えて敦盛を生かすような脚色にしたのか。
   平家物語の方が遥かに劇的である。
   ウソか本当か、熊谷と経盛との手紙も実に感動的である。

   ところで、2年前の2月に、文楽で、熊谷陣屋の段で、吉田玉男の素晴しい熊谷直実を見た。
   相模は、桐竹紋寿、人形の慟哭が胸に沁みた。

   今回の仁左衛門、僧衣に着替えて舞台を花道に去りながら、すっぽんの位置でつぶやく「16年も一昔。嗚呼夢であったなア」。
   毅然と振りかえって、目をしっかり閉じて右手で耳を押さえて動かない、宇宙の遠い彼方の天の声を聞いているのであろうか、万感の思いを込めて舞台を去ってゆく。
   先月体調を崩していた雀右衛門は、実に感動的な相模を演じて聴衆の涙を誘う。
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