地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

最後の原型50系・真岡鐵道のSL客レ

2007-01-03 20:30:00 | 地方民鉄 (関東北東部)


 新春アップの第3弾は、ようやくまとも……と申しますか、今年の抱負をこめた話題として、真岡鐵道のSLと50系客車を扱ってみたいと思います。
 この組み合わせ、実は前から是非機会があれば乗って撮りたい存在のひとつではあったのですが、これまではたまの休みで北関東方面に出かけると大体常磐線沿線の非電化私鉄や東武5050系などに時間を費やすことが多く、軽快気動車のデザインがどうしても「……」な真岡鐵道にはなかなか立ち寄る機会がありませんでした。
 そんな真岡鐵道を初めて撮影したのは、先月上旬、関東鉄道で青いキハ350を撮影したついで (^^;)。常総線フリー切符を利用していたので、折角だからこれまでの個人的常総線到達最北端である騰波ノ江からさらに北上して下館まで完乗しよう……と思いまして、下館に到着。たまたまその時間はSL列車が間もなく到着するという時刻でしたので、駅周辺をウロウロしながら大急ぎで徒歩ロケハンしまして、適当なところで当たりをつけて撮影したのが↑のカットです。ちょうど沈む寸前の夕日に照らされて、何とも素晴らしい染まり具合になりました(*^^*)。そして、昨年は撫順と北京で満鉄ミカロの末裔にハマッたこともあり「う~ん、日本のSLも良いかも」という思いが湧いてきました (フツー順序が逆だと思うのですが……笑)。特に、C12は小粒で精巧な雰囲気が親しみやすさを感じますね~。



 しかし……それ以上に私が思わず息を飲んだのは、「塗装しか違わない50系の原型車が現存している!」という事実でした! 勿論、ガイドブックなどを参照すれば真岡鐵道で現役だということは知識として分かってはいたのですが、そこはさすがに「百聞は一見に如かず」。ナマで現存する50系を目にすると、「ををっ! ここにも国鉄が……!」と嬉しくなってしまいますね。国鉄が分割民営化されて早くも今年の4月1日で20年! 電車や気動車の国鉄型がいよいよ貴重になりつあるのは言うまでもありませんが、一般用客車はJRになって最も激しく減少したカテゴリーであり、特に50系は製造後数年~10年前後で一気に廃車が進んだ車両ですので、長く親しまないうちに消えていった惜しい国鉄型車両の典型例だと言えましょう。
 実は……50系が続々と登場しゴロゴロ走っていた80年代、50系は一番嫌いな車両のひとつでした (^^;)。何故なら……35・43・61系客車を怒濤の勢いで全滅に追い込んだ張本人だったからです。中学生時代、消え行く東北旧客を追って18きっぷで旅したとき、福島駅や郡山駅で50系を見かけると「ク○50よぉ……」と悪態をついたものです (爆)。
 しかし、50系は乗ったら乗ったでそこそこ乗り心地も良く、国鉄近郊型車両と同じ車内スペックを持ちますので (但しトイレは狭い ^^;)、実は旅情を味わうにはなかなか適した車両でありました。そして一度だけ、限りなく鉄分が低かった学生時代、18きっぷを片手に磐越西線で雪見&喜多方ラーメンを楽しんだのですが、そのとき新津から会津若松まで (途中喜多方で下車) 乗ったのがDD51牽引の50系4連! 今でしたらそれこそ18きっぷシーズンになると人が殺到しそうな列車ですが、今から約15年前は誰にも見向きもされずひっそりと走る列車でした。降り積む雪に音がかき消された静かな白い世界を淡々と走る赤い50系……駅で、そしてカーブでその姿を目に焼き付けつつ、そして「ク○50」と呼んだ中学生時代の幼さに苦笑しつつ、その隠れた魅力を存分に味わったのでした……。
 そして今回、C12に牽引された50系が通り過ぎて行くのを眺めながら、ふとそのときの情景が頭に浮かび、これは是非また乗ってみたいものだ……と思ったのでした (そんな折も折、RP誌の最新号が50系特集! しかも所収資料によると、2両のオハ50はもと上沼垂所属!)。そこでふと車内を見ると、観光シーズンではないこともありガラガラ……。こんな素晴らしい列車を走らせて奮闘している真岡鐵道にも僅かながら貢献させて頂きたい、と思わずにはいられないのでした……。