震災に追い打ちをかけるように長く厳しい寒さが続いてきた昨今ですが、それでも確実に春はやって来ます。今日は何と、東京でソメイヨシノが開花したとか。つい数日前までは堅いつぼみのままだったような気がするのですが、やはり自然の巡りは偉大だなぁとしみじみ。
厳しい時期や困難に見舞われながらも、不死鳥のように見事な復活を遂げた鉄道として、えちぜん鉄道の存在を思い出すのは私だけではないでしょう。半年の間に二度立て続いた正面衝突事故により国土交通省から運行停止命令を受け廃線の危機に陥った京福福井ですが、それを救い見事に再生させた越前国の人々の心意気に学びたいものです……。去る1月中旬、京都出張のついでに久しぶりに雪のえちぜん鉄道を訪れた際には、風雪に負けず走る電車、そして定時運行を確保しようとする関係者の皆様の心意気に大いに心打たれたのですが、今改めて「復活」「復興」という言葉を思い浮かべるとき、雪国に生きるえちぜん鉄道の姿を思い浮かべます。
そんなえちぜん鉄道、訪れたのは恥ずかしながら2003年夏の部分開業 (永平寺口まで) 以来7年半ぶり (滝汗)。高校生の頃にも訪れた好きな路線だけに、もっと頻繁に訪れたかったのはやまやまですが……何故か間が開いてしまった……。
その間に起こった最大の変化といえば、愛知環状鉄道で余剰となった100形 (片運Mc→えち鉄入線時に両運化)・300形 (両運Mc) を譲り受けた6001・6101形の大量入線でしょうか。両形式の区別は主に、前者がMT46、後者がMT54を装備していることによるようですが、後に6001形のMT46はMT54に換装されたため、両者の違いは素人目には少なくなっているのでしょう。この元愛環車の導入の結果、京福福井から継承した大量の釣掛2101形のうち、非冷房車を中心に相当数の車両が廃車となってしまい (現在2101形は基本的に朝夕ラッシュ&多客時専用)、2101形の凄まじい釣掛サウンドを愛でる向きにとっては残念ではありますが、確かブレーキが1両に1系統しかないという理由で2101形を常時2連で使用せざるを得なかったえち鉄にとっては、愛環が単行運転可能な20m車を大量放出したことはまさに渡りに船だったのでしょう。
このように6001・6101形は釣掛党からみて憎まれ役のはずですが、個人的には前パンと幌!という黄金の組み合わせ、そして重厚なボディに傑作えち鉄塗装……ということで、近年の地方私鉄車両としては最高傑作のひとつと呼ぶべき車両ではないかと思っております (*^O^*)。愛環時代には個人的非鉄期と重なっていたこともあって「ふーん」としか思わなかったのですが……それが一気に印象が変わったのは塗装の威力によるところが大きいのでしょう。鉄コレでもえち鉄バージョンはすぐに売り切れ、愛環バージョンは長く売れ (以下略)。
そんな6101形のゆったりとしたボックスシートに腰掛け、雪化粧した九頭竜川沿いの峡谷美を眺め、MT54の低いうなりに耳を傾け (但し電圧が異なるためかサウンドはJR線内と比べて弱々しいような)、雪にまみれた姿を激写し……。湿雪が重く降り積む中でも「鉄」的ハートは熱くたぎらずにはいられないのでした。