アメリカがどうやら”イラクを間違った標的だった”と思い始めているらしい。今更なんだと思ったりもするが、300億ドルを越す出費と2600人の戦死者を抱えて、出口すら見 えない状態である。金もさることながら、州兵まで動員して大量の死者は、脱走兵の問題なども含めて国内的にも高まる厭戦機運も、無視できない状態になっている。引くに引けない現状を、虚偽を大義にしてまで行った戦争を超大国は全面否定できないのであろう。
イラク人の死者は10万人をはるかに越えている。ここに来て、イラク国内の宗派間の戦いが際限ない泥沼に陥っている。西欧の民主主義を押し付けられなかったばかりか、日 本のように進駐軍を歓迎さえもしてくれなかった苛立ちがアメリカに見られる。当初の目論みは、フセインを支持基盤のスンニー派に対するシーア派が、アメリカ国旗を掲げて「解放」を歓迎してくれる青写真はすっかり当てが外れた。バクダッドに入った若い兵士が、市民の歓迎がなかったことに戸惑いを話していた。
「お前の亭主は態度が悪いからオレが退治してやる」と、土足で他人のうちに侵入して、民主主義を押し付けられるとした思惑は中座したと見るべきである。アフガニスタンではアルカイダなどの攻勢の中で、アメリカは一時の勢いを失っている。武力ができることの限界を持って知るべきである。憎しみの再生産は際限ない。
現在の戦いは、国家間の戦争ではない。テロの再生産を生み出すだけの個別の戦争である。標的が間違っているのではなく標的を儲けることが間違っているのである。