移民で国家を形成してきたアメリカは、さまざまな問題を抱えながらも「自由」で「開かれた」国のイメージを世界に広めてきた。そのため、アメリカは嫌いといいながらも、アメリカに住みたいという人々は多い。とりわけ、隣国メキシコから越境してくるヒスパニック系の労働者は、国境管理上、きわめて対応の難しい問題をつくり出してきた。正規の入国に必要なパスポート、ヴィザなどの書類を持たずに越境し、アメリカ国内で働きながら滞留している労働者およびその家族は、600万人を越えるとも云われている。不法滞在者でありながらも、アメリカの労働、社会、政治などの分野に次第に影響力を発揮してきた。2001年9月からアメリカ・メキシコ両国大統領間で、アメリカに滞留するメキシコ不法移民を合法化する交渉がまとまりかけていたが、同時多発テロ事件の勃発によって頓挫してしまった。
9・11同時多発テロの勃発で、なによりも凄絶なテロの対象となったアメリカでは、多数の不法滞在者の存在は、緊急な対応を迫られる大きな政治課題となった。テロリスト入国阻止を直接の目的としながらも、外国人に対する入国規制は強まっている。特に、アラブ系の移民・難民に対する風当たりは一挙に高まった。
2004年9月30日からは、原則すべての外国人渡航者に入国時点で指紋情報の読み取りおよび顔画像の撮影を課すなど、入国申請手続き・審査も厳格となった。さらに、2005年に入り、ブッシュの提案は実を結ばない方向へ向かっている。取り締まりが強化されたカリフォルニア州地域を避けて、不法移民が増加したアリゾナ州では、本年4月1日から自警団が「40年間にわたるメキシコ国境からの進入者からアメリカを守る」ためのパトロールを開始することになっている。
1994年当時のクリントン政権はカリフォルニア州における不法入国者の実態にショックを受け、入国阻止作戦Operation Gatekeeperなるシステムをカリフォルニア国境に導入した(写真はカアリゾナ州アメリカ・メキシコ国境の風景)。
カリフォルニアの場合、2つの高いフェンスが並行して並び、日夜ヘリコプターでの監視、闇夜透視カメラ、隠れたエレクトロニクスセンサーなどが設置された。さらに、ボーダーパトロールが追加・増員され、結果としてカリフォルニア州境の66マイル(106キロ)でのの不法移民の流れは、1994年以前と比較して大幅に少なくなった。他方、アリゾナ州での2003年10月から2004年9月までの1年度における不法入国者の逮捕者数は、前年度より18万人多い約59万人と、9.11前の最高水準に近づきつつある。
アメリカ・メキシコ間の国境は、疲労と渇きによる死を覚悟の上ならば、越えられないわけではない。しかし、5日近い酷熱のアリゾナ砂漠地帯を国境パトロールの監視から逃れて徒歩で越境することは、筆舌に尽くしがたい苦難である。この障壁を抜ければ、メキシコで働く賃金の数倍から10倍の金を手にすることができ、家族への送金もできるという思いだけが越境者を支える。
合法移民についての現在のシステムが十分機能していないために、こうした危険を冒しても入国したい人の流れが絶えない。しかし、システムの再構築は可能だろうか。修復するにはなにが必要だろうか。
壊れたシステム:修復はいかなる形でなしうるか
アメリカへの不法入国者の数の推定は、きわめて困難である。いくつかの機関から、100-300万人という推定値もあげられている。その中で比較的実態に近い推定ではないかとみられる移民・帰化サービス(INS)は、毎年100万人近い入国者があるのではないかとみている。さらに、アメリカに入国した書類不保持者の40%は合法的に入国はしているが、滞在期間を越えて居住していると推定されている。公式のアムネスティ(1986年の包括的アムネスティを利用して約270万人が、そして別の300万人近くが1994-2000年の間に実施された6つの法律の恩恵を受けた)は別として、少なくも10万人の不法居住者unauthorized residentsが、自らその資格を調整するか(たとえば、メキシコ人がアメリカ市民と結婚)あるいはアメリカを出国し、ヴィザを獲得して再入国してくることで、毎年合法化されている。
数には疑いがあっても、行き先は確かである。100万あるいはそれ以上の不法移民が、主としてカリフォルニアの農業労働に従事している。その他は大都市の移民社会に紛れ込んで生活している。
日本はどうすべきか
アメリカが日本と異なる最大の点は、アメリカの場合、法律によって毎年675,000人に永住ヴィザを発給していることである。移民で国家を形成してきたアメリカの柱の部分である(日本が移民を真に必要とするならば、この部分についての徹底した国民的議論が必要である。)このうち480、000人は、すでにアメリカに住んでいる市民の家族再結合および新たな合法移民のためである。そして残りの140,000人が雇用目的のための受け入れに当てられている。加えて難民には人道的観点から恒久的ヴィザが与えられる(2004年7万人の上限)。そして過去5年間に5万人以下の送り出ししかない国には、国民の多様化を図るためのdiversity visasが5万人分、発行されている。
実際は、675,000人という数字は上限というよりは下限である。合法的な移民範疇である直接的な家族の受け入れについては、永住ヴィザ発給の上限がないからである。その結果、1990年以来、合法的な居住が与えられた数は、年平均962,000人に達した。それでもヴィザ発行の供給数は需要を満たし得なかった。
アメリカを始めとする先進諸国への移住や就労機会を求める人々の圧力はきわめて強い。「人口爆発」といわれる世界の人口増加のほとんどは、アフリカ、アジアなどの開発途上国で起きている。
先進国の移民・入国管理政策は、押し寄せる移民の大波に、壊れかけた塀をもって支えようとしているにすぎない。よりよい方策はないのだろうか。日本の移民政策検討にも欠かせない課題である。次回は、この点をさらに掘り下げてみたい(2005年3月14日記)
Photo: US-Mexican border, courtesy of the Economist (March 12th-18th, 2005)
9・11同時多発テロの勃発で、なによりも凄絶なテロの対象となったアメリカでは、多数の不法滞在者の存在は、緊急な対応を迫られる大きな政治課題となった。テロリスト入国阻止を直接の目的としながらも、外国人に対する入国規制は強まっている。特に、アラブ系の移民・難民に対する風当たりは一挙に高まった。
2004年9月30日からは、原則すべての外国人渡航者に入国時点で指紋情報の読み取りおよび顔画像の撮影を課すなど、入国申請手続き・審査も厳格となった。さらに、2005年に入り、ブッシュの提案は実を結ばない方向へ向かっている。取り締まりが強化されたカリフォルニア州地域を避けて、不法移民が増加したアリゾナ州では、本年4月1日から自警団が「40年間にわたるメキシコ国境からの進入者からアメリカを守る」ためのパトロールを開始することになっている。
1994年当時のクリントン政権はカリフォルニア州における不法入国者の実態にショックを受け、入国阻止作戦Operation Gatekeeperなるシステムをカリフォルニア国境に導入した(写真はカアリゾナ州アメリカ・メキシコ国境の風景)。
カリフォルニアの場合、2つの高いフェンスが並行して並び、日夜ヘリコプターでの監視、闇夜透視カメラ、隠れたエレクトロニクスセンサーなどが設置された。さらに、ボーダーパトロールが追加・増員され、結果としてカリフォルニア州境の66マイル(106キロ)でのの不法移民の流れは、1994年以前と比較して大幅に少なくなった。他方、アリゾナ州での2003年10月から2004年9月までの1年度における不法入国者の逮捕者数は、前年度より18万人多い約59万人と、9.11前の最高水準に近づきつつある。
アメリカ・メキシコ間の国境は、疲労と渇きによる死を覚悟の上ならば、越えられないわけではない。しかし、5日近い酷熱のアリゾナ砂漠地帯を国境パトロールの監視から逃れて徒歩で越境することは、筆舌に尽くしがたい苦難である。この障壁を抜ければ、メキシコで働く賃金の数倍から10倍の金を手にすることができ、家族への送金もできるという思いだけが越境者を支える。
合法移民についての現在のシステムが十分機能していないために、こうした危険を冒しても入国したい人の流れが絶えない。しかし、システムの再構築は可能だろうか。修復するにはなにが必要だろうか。
壊れたシステム:修復はいかなる形でなしうるか
アメリカへの不法入国者の数の推定は、きわめて困難である。いくつかの機関から、100-300万人という推定値もあげられている。その中で比較的実態に近い推定ではないかとみられる移民・帰化サービス(INS)は、毎年100万人近い入国者があるのではないかとみている。さらに、アメリカに入国した書類不保持者の40%は合法的に入国はしているが、滞在期間を越えて居住していると推定されている。公式のアムネスティ(1986年の包括的アムネスティを利用して約270万人が、そして別の300万人近くが1994-2000年の間に実施された6つの法律の恩恵を受けた)は別として、少なくも10万人の不法居住者unauthorized residentsが、自らその資格を調整するか(たとえば、メキシコ人がアメリカ市民と結婚)あるいはアメリカを出国し、ヴィザを獲得して再入国してくることで、毎年合法化されている。
数には疑いがあっても、行き先は確かである。100万あるいはそれ以上の不法移民が、主としてカリフォルニアの農業労働に従事している。その他は大都市の移民社会に紛れ込んで生活している。
日本はどうすべきか
アメリカが日本と異なる最大の点は、アメリカの場合、法律によって毎年675,000人に永住ヴィザを発給していることである。移民で国家を形成してきたアメリカの柱の部分である(日本が移民を真に必要とするならば、この部分についての徹底した国民的議論が必要である。)このうち480、000人は、すでにアメリカに住んでいる市民の家族再結合および新たな合法移民のためである。そして残りの140,000人が雇用目的のための受け入れに当てられている。加えて難民には人道的観点から恒久的ヴィザが与えられる(2004年7万人の上限)。そして過去5年間に5万人以下の送り出ししかない国には、国民の多様化を図るためのdiversity visasが5万人分、発行されている。
実際は、675,000人という数字は上限というよりは下限である。合法的な移民範疇である直接的な家族の受け入れについては、永住ヴィザ発給の上限がないからである。その結果、1990年以来、合法的な居住が与えられた数は、年平均962,000人に達した。それでもヴィザ発行の供給数は需要を満たし得なかった。
アメリカを始めとする先進諸国への移住や就労機会を求める人々の圧力はきわめて強い。「人口爆発」といわれる世界の人口増加のほとんどは、アフリカ、アジアなどの開発途上国で起きている。
先進国の移民・入国管理政策は、押し寄せる移民の大波に、壊れかけた塀をもって支えようとしているにすぎない。よりよい方策はないのだろうか。日本の移民政策検討にも欠かせない課題である。次回は、この点をさらに掘り下げてみたい(2005年3月14日記)
Photo: US-Mexican border, courtesy of the Economist (March 12th-18th, 2005)