今年は日本のジョルジュ・ド・ラ・トゥールの愛好家にとっては、願ってもない良い年となった。3月8日から「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」展が国立西洋美術館で開催されるのに合わせて、この未知の部分が多い画家についての資料もかなり紹介されることになったからである。
すでに『美術の窓』、『芸術新潮』3月号などは特集を組んですでに販売されているが、2月に入ってジャン=ピエール・キュザン&ディミトリ・サルモン(高橋明也監修・遠藤ゆかり訳)『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』(知の再発見双書121、創元社、2005年)が刊行された。原著は昨年ガリマール書店から発行されているが、著者のキュザン氏は元ルーヴル美術館絵画部門主任学芸員、サルモン氏は同部門の協力者で、監修者の高橋明也氏(国立西洋美術館主任研究員)とともに、今回の東京でのラ・トゥール展の運営委員会の参加メンバーというまさに願ってもないスタッフである。
本書の第一印象は一見小著ながら、よくもこれだけ詰め込んだと思われるほど、ラ・トゥールに関する最新の情報が盛り込まれていることである。「知の再発見」双書は、美術愛好家(その他の分野もあり)にとってはかなりおなじみで、美術関係だけでもすでに16冊が刊行されているが、そのいずれと比較しても勝るとも劣らない充実ぶりである。
本書の最もユニークな視点は、ラ・トゥールという画家の作品が、多数の人々の努力でいわば闇の中に埋没していた状況から、次第に発見されて行くスリリングな過程を時間軸に沿って描いたことにある。
構成は、次のようになっている:
第1章 1915-34年:ラ・トゥールの作品と生涯が再発見される
第2章 1934-47年:無名の画家から、「ロレーヌの非常に有名な画家」へ
第3章 1947-72年:傑作の他国(へ)のsic流出と、困難な年代の特定
第4章 1974-2004年:作品は広く知られるようになったが、ラ・トゥールは依然として謎の画家である
資料編
ラ・トゥールの作品の値段の推移
ラ・トゥール略年譜
作品目録INDEX
出典
参考文献
この双書の特徴として図版がきわめて多く、きわめて楽しい読み物に仕上がっている。ラ・トゥールの生涯や作品をめぐるエピソードなども豊富で、構成を含めて、良くも悪くもフランス的な小著である。ラ・トゥールに関する小エンサイクロペディアといってもよい。
読後、ちょっと気になったのは、略年譜には結婚の事実は記載されているが、資料編の1.生前のラ・トゥールの部で、1617年のラ・トゥールのディアーヌ・ル・ネールとの結婚に関する資料の所が空白になっていることである。結婚証明書はArchives de la Moselle, 3 E 8176,fol.238-239に所蔵されていることになっている(Thuillier 245-146)。いずれ記すことになるが、ラ・トゥールの生涯で、画家として最初の登場が確認される公的記事はここにあると思われるからである。
また、本書135ページの欄外説明にある映画『忘れられ発見された天才、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』(1999年)*の監督名がE.マリンズとなっているが、A.マーベンが正しいと思われる。前回にたまたま言及したが、現物が手元にあり、確認(歴史家マリンズ氏は映画の中に登場する)。
しかし、これらは些細なことであり、ラ・トゥールの作品について、「発見史」というユニークな視点から、これだけ濃密かつコンパクトに書き込んだものは、過去の大展覧会のカタログや専門家のための研究書は別として、他にない。ラ・トゥールの愛好者にとっては、ハンディなガイドとして、時宜に適した得難い贈り物である(2005年3月1日記)。
Reference
*Georges de La Tour: Genius Lost and Found, with the participation of Edwin Mullins, written and directed by Adrian Maben, Color, 59 minutes, DEL, 1999. Photo: Vic-sur-Seille, Archives Municipales
すでに『美術の窓』、『芸術新潮』3月号などは特集を組んですでに販売されているが、2月に入ってジャン=ピエール・キュザン&ディミトリ・サルモン(高橋明也監修・遠藤ゆかり訳)『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』(知の再発見双書121、創元社、2005年)が刊行された。原著は昨年ガリマール書店から発行されているが、著者のキュザン氏は元ルーヴル美術館絵画部門主任学芸員、サルモン氏は同部門の協力者で、監修者の高橋明也氏(国立西洋美術館主任研究員)とともに、今回の東京でのラ・トゥール展の運営委員会の参加メンバーというまさに願ってもないスタッフである。
本書の第一印象は一見小著ながら、よくもこれだけ詰め込んだと思われるほど、ラ・トゥールに関する最新の情報が盛り込まれていることである。「知の再発見」双書は、美術愛好家(その他の分野もあり)にとってはかなりおなじみで、美術関係だけでもすでに16冊が刊行されているが、そのいずれと比較しても勝るとも劣らない充実ぶりである。
本書の最もユニークな視点は、ラ・トゥールという画家の作品が、多数の人々の努力でいわば闇の中に埋没していた状況から、次第に発見されて行くスリリングな過程を時間軸に沿って描いたことにある。
構成は、次のようになっている:
第1章 1915-34年:ラ・トゥールの作品と生涯が再発見される
第2章 1934-47年:無名の画家から、「ロレーヌの非常に有名な画家」へ
第3章 1947-72年:傑作の他国(へ)のsic流出と、困難な年代の特定
第4章 1974-2004年:作品は広く知られるようになったが、ラ・トゥールは依然として謎の画家である
資料編
ラ・トゥールの作品の値段の推移
ラ・トゥール略年譜
作品目録INDEX
出典
参考文献
この双書の特徴として図版がきわめて多く、きわめて楽しい読み物に仕上がっている。ラ・トゥールの生涯や作品をめぐるエピソードなども豊富で、構成を含めて、良くも悪くもフランス的な小著である。ラ・トゥールに関する小エンサイクロペディアといってもよい。
読後、ちょっと気になったのは、略年譜には結婚の事実は記載されているが、資料編の1.生前のラ・トゥールの部で、1617年のラ・トゥールのディアーヌ・ル・ネールとの結婚に関する資料の所が空白になっていることである。結婚証明書はArchives de la Moselle, 3 E 8176,fol.238-239に所蔵されていることになっている(Thuillier 245-146)。いずれ記すことになるが、ラ・トゥールの生涯で、画家として最初の登場が確認される公的記事はここにあると思われるからである。
また、本書135ページの欄外説明にある映画『忘れられ発見された天才、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』(1999年)*の監督名がE.マリンズとなっているが、A.マーベンが正しいと思われる。前回にたまたま言及したが、現物が手元にあり、確認(歴史家マリンズ氏は映画の中に登場する)。
しかし、これらは些細なことであり、ラ・トゥールの作品について、「発見史」というユニークな視点から、これだけ濃密かつコンパクトに書き込んだものは、過去の大展覧会のカタログや専門家のための研究書は別として、他にない。ラ・トゥールの愛好者にとっては、ハンディなガイドとして、時宜に適した得難い贈り物である(2005年3月1日記)。
Reference
*Georges de La Tour: Genius Lost and Found, with the participation of Edwin Mullins, written and directed by Adrian Maben, Color, 59 minutes, DEL, 1999. Photo: Vic-sur-Seille, Archives Municipales