時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

国境の意味を考える

2005年03月02日 | 移民の情景
グローバリゼーションの光と影

 新たな世紀を迎えて「グローバリゼーション」は、もはや邦語訳を必要としないキーワードとして定着している。しかしながら、グローバリゼーションという言葉で、人々が思い浮かべる内容はさまざまである。そのため多数の定義が可能だが、 経済審議会によると「さまざまな経済主体の効率性の追求が全地球規模で行えるようになること」と定義されている。 今日の世界では資本、労 働、経営技術などの生産要素がかつてなく大規模に国境を越えて移動している。
 筆者は、1995年からカリフォルニア大学(サンディエゴ)US―メキシコ研究センターと共同で、日米の研究者グループを編成し、サンディエゴと浜松を対象に、移民労働者の研究を実施してきたが、グローバル化の衝撃の大きさに瞠目させられた(調査結果は、桑原靖夫編『グローバル化と外国人労働者』東洋経済新報社、1991年)。
 アメリカとメキシコ間には約3,400キロメートルの長い国境がつらなり、世界最大の先進国と第三世界を分け隔てている。国際経済学の理論が教えるように、労働力が移動しなければ資本などの代替資源が移動することで均衡が図られる。それはいかなる内容であり、どんな変化のプロセスをたどるか。アメリカ側実地調査の対象となったカリフォルニア州南部のサンディエゴ地域はこうした理論のテストには格好な場といえよう。
 サン・ディエゴ市の一人当たり所得25,000ドル、車で15分のメキシコの都市ティフアナでは3,200ドルである。93年のNAFTA成立後も国境が果たす役割に基本的な変化はない。500万人近いといわれる不法移民の存在を背景に、アメリカはクリントン政権以来、国境管理を強化する政策をとっている。しかし、国境を不法に進入するメキシコ人などの労働者の数は減少する兆しがない。それどころか、移民労働者なしには成り立たない職業が多い。カリフォルニア州全体で、農業労働者、家内労働者、レストラン労働者、建設労働者、電機組立工などの60% 以上は外国人労働者である。帰国する意思のない労働者の定着化は、彼らに依存する低賃金産業を繁栄させている。今回の調査では、サンディエゴの製造業で働く移民労働者の初任賃金は時間当たり5ドル60セントである(日本側調査都市の浜松では12ドル80セント)。
 労働力の移動が制限されれば、資本などの代替生産要素が均衡を求めて移動する。安い労働力を目指す外国資本のメキシコへの流入は、絶え間がなく続く。
 ティフアナや東に伸びる国境周辺には、1,500を越えるマキラドーラと呼ばれる低賃金に依存する工場群が展開する(画像は一例の衣服縫製工場)。そればかりではない。日本、韓国、台湾などアジア諸国からの直接投資が大きく様相を転換させた。97年のアジア金融危機は本国企業の経営危機につながり、海外経営にも影響を与えたが、松下、ソニー、サンヨー、日立、サムソン、エイサーなど各国の有名企業の工場が林立する。いまやティフアナは世界のTV生産拠点であり、年産1400万セットを生産する。電機以外にもカメラ、フィルム、衣服、自動車部品などの大企業 が数多く存在する。
 こうした構造を基本的に支えるのは、両国間の労働コストの隔絶ともいえる格差である。マキラドーラ労働者は一日賃率5-7ドルであり(94年末のペソ切り下げ前は9ドルくらい)、フリンジベネフィットや地代、管理費を含めても時間当たり4ドルくらいでティフアナでは 経営可能といわれる。他方、サン・ディエゴで同様の製品を生産するには18-25ドルを要する。
 両国の経済格差は国際経済理論の教える通り、長期的には縮小するだろう。しかし、繁栄の裏側で大量の不法入国や麻薬密輸などに関連する犯罪、開発に取り残される貧困者、目を覆うばかりの環境汚染など、荒廃した光景も同時に展開している。コカイン密輸は、こうし た非合法貿易に関わる人々に22億ドルの利益推定を生んでいるといわれる。アメリカへの不法入国を仲介するコヨーテといわれるブローカーは、一人当たり1500ドルを奪い取っている。1996年の日本人経営者誘拐事件に象徴されるように、外国人経営者目当ての犯罪も多い 。
 比較対象となった日本の浜松市では、日系人を中心とする外国人の定住増加などアメリカと同様な変化が進行しているとはいえ、変化の速度ははるかに緩やかである。バブル崩壊後、不況の影響で流入も少ない。島国で出入国管理がしやすいことが幸いしている。しかし、 ブラジルなど送り出す側の日系人社会は激変した。もし、日本が中国大陸と地続きで国境を接していたら、アメリカとメキシコに起きている変化を上回る激しい状況の展開が予想される。経済学者のクルーグマンが指摘するように、移民労働研究における国際経済学と地理 学の結合の必要性、そして当該国の置かれた初期条件の差異の重要性を改めて認識させられる。
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出所:桑原靖夫「巻頭エッセイ:国境の意味を考える」『アジ研ワールド・トレンド』第4巻第1号、1998年1月
* 掲載時の紙幅制限のために、読者の理解を助ける上で最小限加筆してある。ブログ掲載時、冒頭部分に若干加筆。

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