時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

揺れ動くEU移民政策

2005年03月09日 | 移民の情景
 日本における移民や外国人労働者に関する論調を見ていると、違和感を覚えることが多い。そのひとつは、しばしばジャーナリズム主導で、あたかも「国境開放」が是、「制限」は非という論理が半ば一方的に展開されることである。移民の「統合」は規定路線、「制御」は時代錯誤というとらえ方も多い。しかし、世界各国の移民政策の推移をつぶさに観察していると、現実はそれほど単純なものではないことが分かる。近年のアメリカ、EU諸国などの対応に、各国の抱える苦悩と問題が反映されている。アメリカとメキシコのように、日本と中国が地続きであったら、いかなる状況が展開しているだろうか。地政学的状況を念頭に置いた上で、複雑な実態とその底に流れる論理を正確に理解しないかぎり、移民政策の方向判断を誤りかねない。EUの域内でも国ごとに対応は、きわめて異なっている。最近、移民政策の転換に着手したイギリス、スペインの実態を見てみよう。

ドアが狭められるイギリス
 イギリス政府は、移民政策の対象を、これまで生計を立てるために働きにくる(1)出稼ぎ移民と(2)難民申請者あるいは不法労働者として入国してくる者とに二分してきた。前者には比較的寛容でルールを緩め、定住への道を提供し、後者には厳しい法律的措置と法的権利の剥奪で対応してきた。2005年2月7日に公布された新しいプランは、この区分を廃止した。といって、政府が難民申請者や不法労働者に優しく対応するようになったわけではない。労働党の案が法制化されれば、難民申請者にはドアは閉ざされ、5年経過の後に母国の状況が改善されていれば、強制送還ということになる。不法労働者を雇っている使用者には罰金が科せられる。
 与党・労働党は、外国人労働者、学生、配偶者に厳しく対応する考えである。特に大きな変化は不熟練労働者への対応で、市民権獲得を目指すことは困難になろう。イギリスは、不熟練労働者の定着を極力避けようとしてきた。これらの方向は、難民申請者、不法移民を受け入れない政策を具体化するものである。将来は、これまで比較的寛容であった家族の受け入れも厳しくなるだろう。労働許可が下りなかったり、学生査証を拒否された者は、アッピールすることを認められない。
 医師、技術者、IT専門家など、熟練労働者の場合は、現在の基準とさほど変化はないが、カナダやオーストラリアなどですでに採用されているポイント・システム(教育や技能などの水準を項目ごとに点数化)を政府は提言している。家族の呼び寄せも規制される。入国前に英語能力試験に合格するという条件がつくだろう。
ドイツも2005年1月に移民法を改正しており、それまであまり受け入れが進まなかった高度な技術や知識を持つEU域外からの労働者に定住許可を与えることにしたほか、移民にドイツ語の受講を義務づけた。ドイツ語圏のオーストリアなども外国出身者にドイツ語習得を義務づける「外国人同化政策関連法」(2003年施行)している。ドイツの場合、外国人観光客誘致拡大の意味もあって2000年3月にヴィザ発行要件を緩和したが、結果として闇の労働者が増加したり、犯罪者が多数入国するなどの予想しなかった結果に、フィッシャー外相への批判が集中するなどの事態が発生している。総体としてみると、EU諸国では移民を制限する方向にあるが、これらの国々とは異なった方向を選択する国も現れた。

ドアが開かれるスペイン
 2005年2月から、スペインでは「半年以上滞在した不法移民に就労ビザを与えて合法化する」という手続きが始まった。この資格取得のためには自国での無犯罪の証明などが、合法化申請のために必要である。しかし、今回は条件が大幅に緩められ、100万人といわれる不法移民のうちで80万人が対象となる見込みで、過去最大の合法化措置となる。
 より詳細は、6ヶ月以上スペインに住む不法就労者に1年間の就労ビザを与えることを目指している。適格であるためには、1)正式な雇用契約がある、2)居住する自治体に住民登録している、3)出身国とスペインで犯罪歴がない、が条件となっている。5月7日までに、使用者が申請手続きをする。期間後も不法移民を雇い続けた使用者には、移民1人あたり6万ユーロ(約840万円)以下の罰金が科せられる。
 スペインでは、不法雇用や密入国斡旋など闇経済が拡大し、その除去が必要となっていた。不法移民が増加する理由は、雇用する側が安い労働力を求めるからである。合法化して使用者に社会保険料を納めさせれば、移民は劣悪な労働環境から解放され、移民増加による財政負担も減らせるという発想である。申請を移民本人ではなく、使用者が行うのもそのためである。
 この新政策については、国内でも保守派の側から「移民に甘い国という印象を広げるだけ。かえって合法化を期待して不法移民が増える」という反発もある。EUはほとんど国境審査がないため、スペインで合法化された移民が大挙して周辺国に流入する懸念もある。ドイツとオランダは「他のEU加盟国と協調した移民政策をとるべきだ」とスペインの独断専行に苦言を呈している。これらの国では、移民増加はすでに高率となっている失業率をさらに悪化させることが懸念されている。
スペインでは北欧や独仏よりも早く少子高齢化が進行しており、合計特殊出生率は日本と同じ1.29という低水準である。移民に頼らなければ今の成長が維持出来ないとの危機感もある。
 しかし、拡大したばかりのEUにとって、最前線の国境で東欧、ロシア、中国、アフリカなどから進入を企てる膨大な労働者の圧力に対処するのに懸命になっている時に、内部の加盟国間で移民、難民申請者などへの政策方向が異なるというのも頭痛の種である。
 欧州委員会は、これまでにも共通移民政策の設定に努力を続けてきたが、移民の数の管理は、各国政府の裁量に委ねられており、共通政策への合意、導入は実現するとしても未だかなり先のことであろう(2005年3月9日記)。


注:関連記事「欧州、移民政策巡り摩擦」『日本経済新聞』2005年3月9日。
写真は2月5日、220人以上のアフリカ人を乗せ、カナリア諸島沿岸で漂流していた漁船(ロイター/Carlos Guevara)

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