時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(5)

2005年03月05日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

農夫と農婦


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
『農婦』
サンフランシスコ美術館
(画面クリックで拡大)



  前回話題とした「税の支払い」は、その状況からして、絵を見る者に画家がなぜこの主題を選択したか、自ずとその意図をある程度語っていた。当事者の関心が税なのか借金なのか、どちらが支払っているのかなどの疑問は残されてはいる。しかし、この老いた男と女の一対の絵は、ラ・トゥールがなぜこの主題、テーマを選んだのかを直ちに語りかけてこない。

  たまたま、現在の絵の所有者は二枚ともに、サンフランシスコ美術館 The Fine Arts Museums of San Francisco だが、これらの絵が当初から一対のものとして描かれたことを示す証拠も残っていない。絵の大きさ自体もやや小振りなサイズである。しかし、その迫力は大変大きく、印象的である。対としてではなく、一枚の絵画として迫力十分である。ベラスケス級の力作といわれるのも十分納得できる作品である。両者ともやや誇張されているのではないかと思われるほど、上半身に比較して下半身が大きく描かれている。


 
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
『農夫』

サンフランシスコ美術館
(画面クリックで拡大)

  

 主役は男も女も農民を描いたといわれるが、当時の農民にしては男女ともに身につけている衣装が立派なものである。むしろ町の住民に近い。農夫にしても、この衣服で日常の農作業をしていたとは思われない。しかし、描かれている男女の手足や顔に刻み込まれたしわや肌色は時代の風雪に耐えてきたことを思わせ、一通りのものではない。これらの顔や手のしわの描写など、今日の写真に十分匹敵する観察眼で描かれている。細部までしっかりと描き込まれ、強い迫力がある。
 
 男の方は杖と思われる棒で身体を支え、やや目を伏せて、立っている。その頑丈な足腰は圧倒的である。赤い色のズボンに黄褐色の脚絆をつけ、頑丈な靴をつけている。女の方は、当時でも高価であったに違いない、地の厚いしっかりとした絹のエプロン、濃緑色の胴着を身につけている。特にエプロンは見るからに良い素材であり、日常の農業活動ではなく、祭事など特別の折に着る衣服ではないかと考えられる。この絹のエプロンは彼女の自慢する品ではないかと思わせる圧倒的な存在感がある。

 男に比較して、女はいかにも芯の強そうなきつい顔立ちであり、その鋭い眼光と薄い唇は、両者が夫妻だとすれば、夫がたじたじとなりそうな面構えである。その顔立ちは、誰も一度見たら忘れないだろう。それに対して男の方は、実直に長い労働の生活に耐えてきたという頑丈な肢体が印象的である。衣服の素材まではっきりと分からせる描写の腕前、女の上着の見事な刺繍までも十分に描かれている。

  室内で描かれたと見られるが、ラ・トゥールの他の作品同様、いかなる場所であるかを推定させる什器・備品や窓のようなものもいっさい描かれていない。自ずと見る者の視線は、対象に釘付けになる。この対象と背景のコントラストの大きさは、ラ・トゥールの計算通りだが、絵に力強い迫力を与えている。いずれにせよ、両者ともに大変見応えのある作品である。

 



Photo: Courtesy of The Fine Arts Museums of San Francisco.

コメント (3)
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