人が国境を越えて移動するについては、様々な要因が働いている。供給側と需要側の双方の要因がある。とりわけ、需要側に労働力不足があり、受け入れる素地があることが基本的に重要である。他方、送り出し側にも余剰な労働力が存在することが条件である。
世界の人口は2005年で約64億人近いと推定されるが、国際労働移動の観点から注目されるのは中国、インドなどの人口大国といわれる国々の動向である。
今回は中国についてみてみよう。人口13億人を要する中国は、その人口の大きさ自体が国内ばかりでなく、アジア諸国を中心に世界的な規模で様々な影響を及ぼしている。国内的にも農村から都市への人口圧力が強く働き、過剰農村人口吸収のための雇用創出という大きな課題を負っている。さらに、中国は移民の送り出し国というイメージはあまりないかもしれないが、留学その他さまざまな形で海外へ流出する人口の影響は無視できないものとなっており、周辺諸国への見えない圧力となっている。
一人っ子政策の光と影
1979年に中国が一人っ子政策を採用してからほぼ4半世紀が経過した。その影響は中国社会に広く浸透し、プラス・マイナス複雑な結果を生み出してきた。人口抑制という意味では、世界の歴史上最も成功した例といえなくもない。しかしながら、近年はそのマイナス面が次第に露呈し、中国の公式メディアまでもがその修正を示唆するような発言もみられるようになった。
一人っ子政策が生んだ最大の弊害は、中国が世界でも例のないスピードで高齢化社会に近づいていることである。高齢化の速度はどの国より早い。このまま進行すると、生産年齢人口(15-59歳)と60歳以上人口の比率は今日の6対1から2040年には2対1となると予測されている。いうまでもなく、国家的にも大変な財政負担となる。
中国の都市部では「4-2-1現象」と呼ばれる状況が生まれている。これは、4人の祖父母とその間に生まれた2人の子供から成る両親が、一人の子供によって扶養されるという状況である。夫婦がそれぞれの両親、祖父母の老後の扶養をするという負担はきわめて大きい。日本の「老々介護」を上回るものになっている。「小皇帝」といわれ、祖父母や両親の寵愛を受けて育った年代も、最初の世代は35歳近くとなり、予想もしなかった課題を担うことになった。
中国政府側にすれば、過去30年間に約3億人の人口縮減を達成したのは社会主義経済の大成功ということになるかもしれない。確かに食料を含めて、発展途上の過程における諸資源の希少さへの対応と貧困の拡大には役だったかもしれないが、いまや人口構成の内部に深く浸透した不均衡は、そうしたプラス面を覆しかねないほどになっている。
さまざまな抜け穴
一人っ子政策は国家的政策として、他国にも例をみない強力な推進力をもって展開されたが、現実にはさまざまな例外措置も暗黙のうちにも講じられてきた。働き手の必要な農村などでは、最初の子供が女児の場合、二人まで子供を持つことも、黙認されてきた。また、少数民族の場合は特別の配慮から、二人以上の子供も許容されている。2001年からは都市部の場合、夫妻がそれぞれ一人っ子の場合、出産する子供の数が2人になってもよいとされている。
こうしたいくつかの抜け穴が存在するにもかかわらず、アメリカの国勢調査局の推計では、1980年には女性一人当たりの出生率は2.29、2004年には1.69と顕著に低下を続けてきた。中国では、出生率ではおよそ2.1が、人口が再生産を続けるに必要な水準と考えられている。総人口は現在13億人だが、依然として増加を続けており、絶対数として減少するのは世紀半ばに近づいてからとみられる。
一人っ子政策は基本的に変更なく推進されており、政府筋が検討しているといわれる人口政策の見直し結果が明らかになるまでは、基本的に変更される可能性はない。こうした強制的な人口抑制策は世界でも異例だが、さまざまな抜け穴がある農村部と比較すると、都市部では政策は実効をあげている。それは、行政上もルールを適用しやすいからである。違反した場合の罰金も高額であり、都市部の平均年収の3から10倍に達する。公務員や、国営企業の従業員の場合、二人子供がいると入学できる学校すらみつけられないと云われる。社会保障などの恩典も受けられなくなる。
比較的抜け穴があるとされる農村部でも、強制的な人工中絶や資産没収などの措置がとられることもまれではない。他方、高齢者を扶養する当事者がいない場合などについて、農村の監視者が目をつぶっている場合もある。その結果、農村部には公式統計を上回る多数の子供が存在するとみられる。
中国の人口構造には、多くの問題点が隠蔽されている。次の10年間に中国の高齢化は急激に進み、65歳以上人口は膨大になり、他方で労働人口は縮減する。また、性別比率のゆがみも顕著である。社会主義体制の下でも男子優位の社会であるため、国勢調査によると、2000年時点で、新生児の男女比は118対100という信じられないほどのゆがみがある。「お嫁さんがいない」といわれる地域も多い。他方、農村部などでは、女子の出生は時に記録されていないと云われている。しかし、性比のゆがみの大部分は人工中絶の結果である。この点については、性別判定が可能となる妊娠14週以後の中絶を避けるパイロットプログラムがようやく2005年にスタートした。2004年からは、「農村部の計画生育家庭奨励のための補助金制度」が実施され、国の計画生育政策(いわゆる一人っ子政策)に即して、子供を1人、または女の子を2人しか持たない農村部の家庭に対し、親が60歳に達してから年間600元あまりの補助金が支給されることになった。
他方、中国は市場経済化への移行で、一人っ子政策を放棄しても、かつてのような大家族志向はなくなったのではないかと推定されている。医療、教育、住宅などのコストが高価になり、多数の家族を抱えることが困難になってきたからである。二人以上子供を持ちたいという夫婦は、それほど多くないともいわれている。ただ、富裕層の間には国内における批判を避けるために、海外で第二子をもうけ、教育も外国でという動きもでている。子供の数が少ないために、家庭の英才教育志向はきわめて強い。ブライダル産業も隆盛しているが、離婚も急増している。大事にされて育った一人っ子は思いやりがないとの説がある。
今の段階で政策転換を行えば、2050年には16億という国連中位推計で予想されている最大人口をさらに上回ってしまうだろう。しかし、他方で高齢化のこれ以上の進行は、なんとしてでも回避しなければならない。そのため、社会保障システムの整備が急がれている。
これまでの政策の結果である、一人っ子家庭の不安は次第に高まっている。中国政府はこの問題についての公式見解を示していないが、状況は次第に深刻化しており、2010年頃には一人っ子政策が緩和されるのではないかともいわれている。市場経済の浸透とともに、世界に例のない人口政策の終焉は近い.
最後に、日本について一言。厚生労働省の人口社会保障研究所の予測では、2050年までに、15歳以下の子供が全人口に占める比率は11%以下になってしまう。政府は無策なのに、どうして実質的に一人っ子政策が実現した国になってしまったのだろうか。中国の人口政策がわれわれに考えさせる課題は多い(2005年3月22日)。
Photo:Courtesy of Worldisround.
世界の人口は2005年で約64億人近いと推定されるが、国際労働移動の観点から注目されるのは中国、インドなどの人口大国といわれる国々の動向である。
今回は中国についてみてみよう。人口13億人を要する中国は、その人口の大きさ自体が国内ばかりでなく、アジア諸国を中心に世界的な規模で様々な影響を及ぼしている。国内的にも農村から都市への人口圧力が強く働き、過剰農村人口吸収のための雇用創出という大きな課題を負っている。さらに、中国は移民の送り出し国というイメージはあまりないかもしれないが、留学その他さまざまな形で海外へ流出する人口の影響は無視できないものとなっており、周辺諸国への見えない圧力となっている。
一人っ子政策の光と影
1979年に中国が一人っ子政策を採用してからほぼ4半世紀が経過した。その影響は中国社会に広く浸透し、プラス・マイナス複雑な結果を生み出してきた。人口抑制という意味では、世界の歴史上最も成功した例といえなくもない。しかしながら、近年はそのマイナス面が次第に露呈し、中国の公式メディアまでもがその修正を示唆するような発言もみられるようになった。
一人っ子政策が生んだ最大の弊害は、中国が世界でも例のないスピードで高齢化社会に近づいていることである。高齢化の速度はどの国より早い。このまま進行すると、生産年齢人口(15-59歳)と60歳以上人口の比率は今日の6対1から2040年には2対1となると予測されている。いうまでもなく、国家的にも大変な財政負担となる。
中国の都市部では「4-2-1現象」と呼ばれる状況が生まれている。これは、4人の祖父母とその間に生まれた2人の子供から成る両親が、一人の子供によって扶養されるという状況である。夫婦がそれぞれの両親、祖父母の老後の扶養をするという負担はきわめて大きい。日本の「老々介護」を上回るものになっている。「小皇帝」といわれ、祖父母や両親の寵愛を受けて育った年代も、最初の世代は35歳近くとなり、予想もしなかった課題を担うことになった。
中国政府側にすれば、過去30年間に約3億人の人口縮減を達成したのは社会主義経済の大成功ということになるかもしれない。確かに食料を含めて、発展途上の過程における諸資源の希少さへの対応と貧困の拡大には役だったかもしれないが、いまや人口構成の内部に深く浸透した不均衡は、そうしたプラス面を覆しかねないほどになっている。
さまざまな抜け穴
一人っ子政策は国家的政策として、他国にも例をみない強力な推進力をもって展開されたが、現実にはさまざまな例外措置も暗黙のうちにも講じられてきた。働き手の必要な農村などでは、最初の子供が女児の場合、二人まで子供を持つことも、黙認されてきた。また、少数民族の場合は特別の配慮から、二人以上の子供も許容されている。2001年からは都市部の場合、夫妻がそれぞれ一人っ子の場合、出産する子供の数が2人になってもよいとされている。
こうしたいくつかの抜け穴が存在するにもかかわらず、アメリカの国勢調査局の推計では、1980年には女性一人当たりの出生率は2.29、2004年には1.69と顕著に低下を続けてきた。中国では、出生率ではおよそ2.1が、人口が再生産を続けるに必要な水準と考えられている。総人口は現在13億人だが、依然として増加を続けており、絶対数として減少するのは世紀半ばに近づいてからとみられる。
一人っ子政策は基本的に変更なく推進されており、政府筋が検討しているといわれる人口政策の見直し結果が明らかになるまでは、基本的に変更される可能性はない。こうした強制的な人口抑制策は世界でも異例だが、さまざまな抜け穴がある農村部と比較すると、都市部では政策は実効をあげている。それは、行政上もルールを適用しやすいからである。違反した場合の罰金も高額であり、都市部の平均年収の3から10倍に達する。公務員や、国営企業の従業員の場合、二人子供がいると入学できる学校すらみつけられないと云われる。社会保障などの恩典も受けられなくなる。
比較的抜け穴があるとされる農村部でも、強制的な人工中絶や資産没収などの措置がとられることもまれではない。他方、高齢者を扶養する当事者がいない場合などについて、農村の監視者が目をつぶっている場合もある。その結果、農村部には公式統計を上回る多数の子供が存在するとみられる。
中国の人口構造には、多くの問題点が隠蔽されている。次の10年間に中国の高齢化は急激に進み、65歳以上人口は膨大になり、他方で労働人口は縮減する。また、性別比率のゆがみも顕著である。社会主義体制の下でも男子優位の社会であるため、国勢調査によると、2000年時点で、新生児の男女比は118対100という信じられないほどのゆがみがある。「お嫁さんがいない」といわれる地域も多い。他方、農村部などでは、女子の出生は時に記録されていないと云われている。しかし、性比のゆがみの大部分は人工中絶の結果である。この点については、性別判定が可能となる妊娠14週以後の中絶を避けるパイロットプログラムがようやく2005年にスタートした。2004年からは、「農村部の計画生育家庭奨励のための補助金制度」が実施され、国の計画生育政策(いわゆる一人っ子政策)に即して、子供を1人、または女の子を2人しか持たない農村部の家庭に対し、親が60歳に達してから年間600元あまりの補助金が支給されることになった。
他方、中国は市場経済化への移行で、一人っ子政策を放棄しても、かつてのような大家族志向はなくなったのではないかと推定されている。医療、教育、住宅などのコストが高価になり、多数の家族を抱えることが困難になってきたからである。二人以上子供を持ちたいという夫婦は、それほど多くないともいわれている。ただ、富裕層の間には国内における批判を避けるために、海外で第二子をもうけ、教育も外国でという動きもでている。子供の数が少ないために、家庭の英才教育志向はきわめて強い。ブライダル産業も隆盛しているが、離婚も急増している。大事にされて育った一人っ子は思いやりがないとの説がある。
今の段階で政策転換を行えば、2050年には16億という国連中位推計で予想されている最大人口をさらに上回ってしまうだろう。しかし、他方で高齢化のこれ以上の進行は、なんとしてでも回避しなければならない。そのため、社会保障システムの整備が急がれている。
これまでの政策の結果である、一人っ子家庭の不安は次第に高まっている。中国政府はこの問題についての公式見解を示していないが、状況は次第に深刻化しており、2010年頃には一人っ子政策が緩和されるのではないかともいわれている。市場経済の浸透とともに、世界に例のない人口政策の終焉は近い.
最後に、日本について一言。厚生労働省の人口社会保障研究所の予測では、2050年までに、15歳以下の子供が全人口に占める比率は11%以下になってしまう。政府は無策なのに、どうして実質的に一人っ子政策が実現した国になってしまったのだろうか。中国の人口政策がわれわれに考えさせる課題は多い(2005年3月22日)。
Photo:Courtesy of Worldisround.