それでは移民労働者問題について、アメリカはどう対応すべきなのだろうか。不法入国者がいかに多いとはいえ、カリフォルニア州地域のアメリカ・メキシコ国境で実施されている「入国管理作戦」Operation Gatekeeperのような強固な塀を全国境に張り巡らすことは、膨大なコストもかかる。アメリカのような国ですら、国境のすべてについて、こうした障壁を設置することはためらっている。
開発途上国における人口爆発の実態をみるかぎり、移民が近い将来減少すると考えることは幻想にすぎない。きわめて劣悪な労働条件の下で働いているとしても不法移民は、母国の家族を支えるに足る金を稼ぎ出している。外貨送金の額自体は顕著な増加を示してきた。たとえば、メキシコ人移民労働者による2004年時点での母国への送金額は、166億ドルで同国の原油輸出収入に次ぐ額に達した。確かに、メキシコ、フィリピン、ブラジルなど移民労働者を多数送り出している国の場合、海外で働く自国民からの送金額は大きい。しかし、それらが有効に活用されているかというと、疑問符がつく。これまでの経験で判断するかぎり、移民で母国が立ち直った例はきわめて少ない。
難しいのは、経済的現実と政治的現実とをいかに調整するかという点にある。ほとんどのエコノミストは、移民労働者は関係国の経済にとって、総体としてプラス効果があるとしている。多くの移民は、年齢的にも若く健康であるということばかりではない。移民による税金支払いと移民が得る給付の差について、いくつかの研究はプラス効果を生むとしている。たとえば、アメリカについて、National Research Councilの1997年のレポートは、顕著なプラス効果があるとしている。すなわち従来からアメリカに居住するアメリカ人にとって、最大年100億ドルのプラスになるとの推計を提示している。しかし、その内容をみると、明暗がある。高校卒以下の教育しか受けていない移民は、マイナスの長期的な財政効果(約13,000ドル)しか生み出していない。これに対してより高い教育を受けた移民は、長期利益(約198,000ドル)を生み出した。2002年には大統領経済諮問委員会は、この利益を最高で年140億ドルに達すると推計した。アメリカに限らず、多くの受け入れ国が不熟練労働者の受け入れは制限し、高度な熟練を持つ技術者や専門家については積極的に受け入れる方針を示しているのは、こうした背景が存在するためである。
しかし、問題はマクロの水準ではなく、移民が多く集まる地域などミクロの水準にある。たとえば、メキシコなどからの不法移民がアメリカに入国することで発生する財政的な重荷は、連邦レベルではなく州など低位の地域が背負うことになる。ひとつの試算として、アメリカ移民改革連盟は、カリフォルニア州は年77億ドルを不法移民やその子供の教育のために、14億ドルをヘルスケアに、同じく14億ドルを不法移民の囚人のために費やしているとしている。さらに、低賃金の移民労働者が増加することは、アメリカ人労働者の賃金を引き下げる。このように、地域が背負う負担が大きいために、住民の間に反移民の感情的反発が生まれやすい。
ブッシュ大統領が、同時多発テロ以前に提案していた、メキシコからゲストワーカーを導入する提案は見通しが不確かになってきた。ブッシュ政権の考えでは、不法労働者に「一時的労働カード」(3年ごとに再発行可能)を発給し、母国にもその間に帰国でき、再入国を拒否される不安もないようにする。そして、ひとたび帰国すると、使える権利が生まれる租税優遇措置つきの貯金勘定が与えられる。そうなると、アメリカに不法に滞在するインセンティブがなくなる。恒久的にアメリカに滞在したいと願う一時的労働者は順番を待たねばならない。
ブッシュ政権のプランはこのかぎりでは、妥当で機能するようにみえる。しかし、硬派にとっては、不法滞在者に対するアムネスティが発動されるための前奏曲が準備されるにすぎないと思われる。そして、さらに不法な移民増加を促進してしまうことになる。また、エドワード・ケネディ議員などによって議会に再提案されたAgJobs billもこうしたリベラルな考えに沿っている。彼らの法案は、2003年7月以降少なくも100日働いた農業労働者に一時的な合法ステイタスを与える、そして次の6年間に360日働いた場合には、定住の申請を認める内容である。
しかし、こうした諸提案に対して反対する側は、機能する代替案を持っているだろうか。現在アメリカ国内に居住する数百万の不法労働者を強制送還することは、実際問題としても不可能に近い。不法移民の両親の間に、アメリカで生まれた子供は、親がメキシコに帰国しても後に残る権利がある。また、不法移民を雇用した使用者を罰することは、これまでの経験でうまく機能しないことが判明している。彼らは偽造された入国に必要な書類を判別できる専門家ではない。しかも、政治家としては、選挙運動の際に支援をしてくれる使用者に警告はしたくはない。
最善の解決はどこにあるのだろうか。移民についての制限を強めることではなく、緩めることであるとする見方もある。リベラル派のCato Instituteは入国への障壁が低いと移民は循環的なプロセスとなるとしている。1942-64年に実施されたブラセロプラン(農業労働者の季節的な循環受け入れプラン)の下では、メキシコ人労働者は(ひどい労働条件の下ではあったが)アメリカの労働市場に自分の意思で入国を希望し、自由に帰国した。対照的に、障壁が高いと入国してそのままとどまるインセンティブが強まる。
理論上はそうかもしれないが政治家には、なかなかそこまで期待はできない。state of the unionの場で、ブッシュ大統領は次の趣旨の演説を行った。現在の移民システムは、「アメリカ経済の必要にも、わが国の価値にもあっていない。家族のために一生懸命働いている人を罰する法に満足すべきではない。アメリカ人がやらない仕事をする一時的な移民労働者を認めるような移民政策の時である。麻薬取引人やテロリストにはドアを閉ざすべきだ」。出席した議員は拍手した。しかし、こうした提案が法案となった場合に、投票に向かうかは別の問題である。
アメリカが抱える移民問題は、程度の差こそあれ、多くの受け入れ国が抱える問題でもある。国境の開放度を高めることは、入国の制限度を緩め、不法就労者を減少させるという点では多大な効果があるが、自国に多くの失業者を抱え、さらに開発途上国の特徴でもある膨大な人口圧力を考えると、容易に踏み切ることはできない。現実的な対応として、受け入れ国側がさまざまな受け入れ制限措置を導入することも必然的な結果である。さらに議論されなければならないことは、関係国双方にとってよりメリットがあり、マイナス面の少ない政策のセットの模索である(2005年3月15日記)。
画像はアメリカ・メキシコ国境
本稿の議論展開は"American Immigration", The Economist, March 12-18, 2005に負っている。
開発途上国における人口爆発の実態をみるかぎり、移民が近い将来減少すると考えることは幻想にすぎない。きわめて劣悪な労働条件の下で働いているとしても不法移民は、母国の家族を支えるに足る金を稼ぎ出している。外貨送金の額自体は顕著な増加を示してきた。たとえば、メキシコ人移民労働者による2004年時点での母国への送金額は、166億ドルで同国の原油輸出収入に次ぐ額に達した。確かに、メキシコ、フィリピン、ブラジルなど移民労働者を多数送り出している国の場合、海外で働く自国民からの送金額は大きい。しかし、それらが有効に活用されているかというと、疑問符がつく。これまでの経験で判断するかぎり、移民で母国が立ち直った例はきわめて少ない。
難しいのは、経済的現実と政治的現実とをいかに調整するかという点にある。ほとんどのエコノミストは、移民労働者は関係国の経済にとって、総体としてプラス効果があるとしている。多くの移民は、年齢的にも若く健康であるということばかりではない。移民による税金支払いと移民が得る給付の差について、いくつかの研究はプラス効果を生むとしている。たとえば、アメリカについて、National Research Councilの1997年のレポートは、顕著なプラス効果があるとしている。すなわち従来からアメリカに居住するアメリカ人にとって、最大年100億ドルのプラスになるとの推計を提示している。しかし、その内容をみると、明暗がある。高校卒以下の教育しか受けていない移民は、マイナスの長期的な財政効果(約13,000ドル)しか生み出していない。これに対してより高い教育を受けた移民は、長期利益(約198,000ドル)を生み出した。2002年には大統領経済諮問委員会は、この利益を最高で年140億ドルに達すると推計した。アメリカに限らず、多くの受け入れ国が不熟練労働者の受け入れは制限し、高度な熟練を持つ技術者や専門家については積極的に受け入れる方針を示しているのは、こうした背景が存在するためである。
しかし、問題はマクロの水準ではなく、移民が多く集まる地域などミクロの水準にある。たとえば、メキシコなどからの不法移民がアメリカに入国することで発生する財政的な重荷は、連邦レベルではなく州など低位の地域が背負うことになる。ひとつの試算として、アメリカ移民改革連盟は、カリフォルニア州は年77億ドルを不法移民やその子供の教育のために、14億ドルをヘルスケアに、同じく14億ドルを不法移民の囚人のために費やしているとしている。さらに、低賃金の移民労働者が増加することは、アメリカ人労働者の賃金を引き下げる。このように、地域が背負う負担が大きいために、住民の間に反移民の感情的反発が生まれやすい。
ブッシュ大統領が、同時多発テロ以前に提案していた、メキシコからゲストワーカーを導入する提案は見通しが不確かになってきた。ブッシュ政権の考えでは、不法労働者に「一時的労働カード」(3年ごとに再発行可能)を発給し、母国にもその間に帰国でき、再入国を拒否される不安もないようにする。そして、ひとたび帰国すると、使える権利が生まれる租税優遇措置つきの貯金勘定が与えられる。そうなると、アメリカに不法に滞在するインセンティブがなくなる。恒久的にアメリカに滞在したいと願う一時的労働者は順番を待たねばならない。
ブッシュ政権のプランはこのかぎりでは、妥当で機能するようにみえる。しかし、硬派にとっては、不法滞在者に対するアムネスティが発動されるための前奏曲が準備されるにすぎないと思われる。そして、さらに不法な移民増加を促進してしまうことになる。また、エドワード・ケネディ議員などによって議会に再提案されたAgJobs billもこうしたリベラルな考えに沿っている。彼らの法案は、2003年7月以降少なくも100日働いた農業労働者に一時的な合法ステイタスを与える、そして次の6年間に360日働いた場合には、定住の申請を認める内容である。
しかし、こうした諸提案に対して反対する側は、機能する代替案を持っているだろうか。現在アメリカ国内に居住する数百万の不法労働者を強制送還することは、実際問題としても不可能に近い。不法移民の両親の間に、アメリカで生まれた子供は、親がメキシコに帰国しても後に残る権利がある。また、不法移民を雇用した使用者を罰することは、これまでの経験でうまく機能しないことが判明している。彼らは偽造された入国に必要な書類を判別できる専門家ではない。しかも、政治家としては、選挙運動の際に支援をしてくれる使用者に警告はしたくはない。
最善の解決はどこにあるのだろうか。移民についての制限を強めることではなく、緩めることであるとする見方もある。リベラル派のCato Instituteは入国への障壁が低いと移民は循環的なプロセスとなるとしている。1942-64年に実施されたブラセロプラン(農業労働者の季節的な循環受け入れプラン)の下では、メキシコ人労働者は(ひどい労働条件の下ではあったが)アメリカの労働市場に自分の意思で入国を希望し、自由に帰国した。対照的に、障壁が高いと入国してそのままとどまるインセンティブが強まる。
理論上はそうかもしれないが政治家には、なかなかそこまで期待はできない。state of the unionの場で、ブッシュ大統領は次の趣旨の演説を行った。現在の移民システムは、「アメリカ経済の必要にも、わが国の価値にもあっていない。家族のために一生懸命働いている人を罰する法に満足すべきではない。アメリカ人がやらない仕事をする一時的な移民労働者を認めるような移民政策の時である。麻薬取引人やテロリストにはドアを閉ざすべきだ」。出席した議員は拍手した。しかし、こうした提案が法案となった場合に、投票に向かうかは別の問題である。
アメリカが抱える移民問題は、程度の差こそあれ、多くの受け入れ国が抱える問題でもある。国境の開放度を高めることは、入国の制限度を緩め、不法就労者を減少させるという点では多大な効果があるが、自国に多くの失業者を抱え、さらに開発途上国の特徴でもある膨大な人口圧力を考えると、容易に踏み切ることはできない。現実的な対応として、受け入れ国側がさまざまな受け入れ制限措置を導入することも必然的な結果である。さらに議論されなければならないことは、関係国双方にとってよりメリットがあり、マイナス面の少ない政策のセットの模索である(2005年3月15日記)。
画像はアメリカ・メキシコ国境
本稿の議論展開は"American Immigration", The Economist, March 12-18, 2005に負っている。