時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

遅すぎた日本の対応

2005年03月17日 | 移民政策を追って
 
 本年3月15日から日本政府は、これまで多くの批判があったにもかかわらず継続してきた「興行」の在留資格(芸能人ヴィザ)に関する発給制限を厳格化することに踏み切った。「興行」の在留資格については、この資格で入国した後、ヴィザの目的から外れる「資格外活動」として、風俗営業店などでホステス等として不法就労に従事する外国人がかなりの数に上るとともに、人身売買の被害に遭った外国人の例が多数指摘されてきた。
 すでに問題は1980年代から露呈していたのに、有効な施策が講じられることなく放置されてきた。その結果、施策実施の当時者である東京入国管理局長自身が、これも人ごとのような無責任な話だが、事態のひどさを明らかにするほどの段階まできてしまっていた。1995年に自らが調査に携わった店の9割以上で、「資格外活動など」があったという事実まで公開している(『朝日新聞』(2005年2月28日夕刊))。事態はもはや最悪の段階にいたっていたといえる。
 日本で正規の資格で働ける就労を目的とする在留資格は、「外交」、「公用」を除くと、「興行」が圧倒的に多く、2003年には就労目的の在留資格で入国した合計155,831人のうち、133,103人を占めている。最も多いフィリピンは、2003年には8万件、全体の60.1%に達した。(同年のフィリピン側の日本で働くフィリピン人労働者数は、62,539人、POEA統計と差異がある)。この在留資格で日本に働きにくる外国人は、従来東南アジア、東欧などからが多かったが、特にフィリピン人が圧倒的比重を占めてきた。フィリピンの海外出稼ぎ者の60%は女性であり、過半数が35歳以下である(画像:マニラ湾の夕日)。
 実態をみると、歌手やダンサーなどの資格で入国しながらも、接客業として働いており、売春などにかかわることも多かった。人身売買の犠牲となる案件も目立ち、アメリカ政府など国際社会から厳しい指弾を受けてもいた。日本は米国務省の04年報告で人身売買の防止制度や被害者保護に欠ける「監視対象国」に指定された。
 他方、送り出し国としてのフィリピンでは、興行ヴィザ取得のためには、取得を希望する本人が、芸能人団体などが管理するオーディションなどを通して「芸能人資格証明書」Artist Record Bookあるいは Artist Accreditation Cardを取得することが必要であった。しかし、現実には証明書が売買対象となったり、ブローカーが商売の種にするなど、安易な形で入手が可能であった。日本は形式上はフィリピン政府が発行するこの証明書があれば、入国を認めてきた。
 このたびの対応で、日本政府は「芸能人資格証明書」をいっさい認めないことにするとともに、「興行」のカテゴリーで日本に入国するためには、2年以上のアーティストとしての職業的経験、大学での演劇・舞踊など関連課程の2年以上にわたる履修証明など、発給条件を厳しくすることにした。その結果、今後、ヴィザ発給は現在の10分の1程度にまで減少するのではないかとも云われている。
 こうした変化に対して、フィリピン側にはかなり大きな動揺が生まれている。日本で働いた経験のあるフィリピン女性は、NHKの取材に、日本に滞在中は月約30万円の収入があり、5人の家族を支える上で、どうしても日本で働く必要があると答えていた。
事態への対応が遅れると、それに依存して生きる人々が生まれてくる。フィリピンのトーマス労働相までも、このたびの日本政府の措置導入に抗議し、実施の延期を求めている。その背後には、彼女たちが海外で働き、稼ぎ出す外貨収入がフィリピンの国際収支改善に大きな役割を果たしていることも影響している。しかし、この問題の責任は、事態がここまで悪化することを容認してきた日本政府の側にあるといわざるをえない。
 日本は外圧がなければなにも変わらないといつもいわれてきたが、今回もILOの2004年11月の報告、日本を人身売買の注意リストに掲載したアメリカからの政治的圧力が働いて、やっと事態改善に踏み切ったことは明らかである。アメリカ国務省の2005年報告は5月にも発表される予定で、「監視対象国」指定の返上をめざす日本政府としては、後に引けない状況だ。対策が後手に回る間にどれだけ多くの人々が犠牲になるか、日本政府の認識の甘さと意思決定システムの欠陥を改めて指摘しなければならない(2005年3月17日記)。

関連記事:「外国人労働者政策の破綻」2005年2月28日

コメント (1)
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