日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

ちょっと待ってね、庭のバラたち!

2019-02-05 07:37:32 | 庭 2月
寒肥やりをしなくてはならないのに、木曜日以降になる。
仕事に出る前の隙間時間にちょっと、は何だかやる気になれない自分。
ま、木曜日以降に、、、という心づもりになっている。

スタッフがインフルエンザ病欠で、私も連日出動に。

肥料やりは8割が手を付けていない。
剪定は見直したいのが3割ぐらい残っている。

ホットヨガも予約できない。トホホ

やりくりで何とかなるから大丈夫。

エンジン架けよう⇒ 自分に

言うは易し、行うは難し、なんですけどね。



コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

穏やかな冬。

2019-02-03 09:02:33 | 私の雑感あれこれ
2月になった。
5か月で引越しを経験した孫も今月で6歳。

ふと、思った。
夫が公務員を退職してから暮らしたあの借家に住んだ年月も5年数か月だったなぁ~、と。

退職した当人は、あのころは夢がいっぱいだった、という。

なんで、キミには判らない、と。

私には、3人の子供を抱えての借家住まいスタートで、堪える日々だったような気がする。
まだ30代も前半だったし、臨時教員で職業を持とうとし、申込先から電話はあったけれど、3歳児の預け先探しがこれからでは、電話は1度きりだった。

収入の心配をしなくてもよかった生活とは違って、切り詰め算段の結果、幼稚園も私立の3年保育から2年の公立に変更を選択したものだ。

週末は雨降りでない限りはテニス三昧の夫を見送る子育て妻が自分では割り切れなくって、「私も」と始めたテニス。

テニスのウェア代だけでも自分で賄いたいと、家庭教師を始めたり。それなりに一生懸命。30代の一生懸命でした。

3年目で、夫独立。仕事を手伝うようになりました。末っ子はかぎっ子。

以来、地下鉄コンコースを「早く帰らなくっちゃ」と急ぎ足の年月が続いたものです。遠い昔になりました。
(今でも、帰宅時間が小学生の黄色い帽子の一団に出くわすと、自分の子が中にいるのでは?と思うところが残っています。かぎっ子に挿せているヒヤヒヤ感がぬぐいきれなかったのでしょう)

そんな忙しい中、中国残留孤児に日本語を教えるボランティアに行ってもいたのですが、今のところに引っ越したことでやめました。
そして、
そんな忙しい中、子どもたち3人は、毎日、毎日、決まった時間のピアノレッスンをしていました。

なんと気忙しい日々だったこと、と振り返って思います。

そういえば、末娘はプールにも通っていました。
当然、送り迎えをしなくてはなりません。
で、ご近所の同級生と一緒に通うことにして、「行き」は、連れて行ってもらって、私は帰宅時間を間に合わせて「お迎え」を担当しました。30代って「疲れる」がないんですね~。・・・懐かしい。

自分は、いつもひとより忙しいので普通、そう思えばそれでいいんだ、と自分に言い聞かせていたのに、今は、暇~~(笑)。

もっと、生活の質を濃くしようと思えばできる??

でも、今の自分には『疲れる』が相棒となっているから、「そこそこ」程度でいいのかもしれませんね。

孫が生まれてからの月日。60代の5年、6年って、若い時に比べて抑揚が穏やか~、と思った次第です。



あっ、バラ庭が「冬仕事をしてね」と待っているのでした。








コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世の中、「福は内~~♪ ♪」であってほしいけれど。

2019-02-02 08:26:24 | 私の雑感あれこれ
昨日は、福の神になって、福はうち~~と、お菓子や落花生を撒いてきた。
(こんな役目もあるんです!)

児童館に集まった子供たちは40人ほど。
ママと一緒のヨチヨチ歩きの幼児もいたりする。

小学生の元気者たちはピチピチと笑顔のお菓子ひろい。

こんな子たちの中にも、もしも、、、なんて、頭がよぎる。

10歳で命を落とした女の子。彼女の立場を思うと、なんと逃げ場のなかったことか、と。

アンケートまでとっているのに。

そこに、切々とメッセージを投げているのに、痛みが伝わらない、大人社会。

児童相談所に1か月保護されていたとのこと。

なぜ戻したのだろうか。
その1か月間に彼女に寄り添った担当者は、どういう判断で、帰宅OKと判断したのだろうか。

児童相談所は、電話があると必ず1定時間内に現場に駆けつける仕組みになっている、と研修できいた。
「189番」(イチハヤク)に電話すれば、最寄りの児童相談所につながるようになっている、とのこと。
いわゆる「110番」「119番」と同じ扱いなのです。

その虐待児童を保護するプロである児童相談所がかかわっていても、スルスルと抜け道があって、命を落としてしまう結末になるとは、残念です。
学校から教育委員会にアンケート用紙の件で報告が上がっていたのに、そこでも、悲鳴をあげている子供を守ってやれない、というのは、なんでだろう。

今、テレビでは担当者のお詫びの映像が流れているけれど、1対1で圧倒される空気であれば、職場で検討するとか、上司の許諾を、とか対応を手間取らせることもできただろうに。自分が怖かった、とは情けない。
今頃、全国の児童相談所で、再発防止の話し合いがもたれているでしょうね。

学校のアンケートにSOSを訴えたのに、助けられなかったという現実。

さて、自分にできることは ⇒ 近々に一人暮らしの老人宅を訪問してこよう。


話は変わるけれど、


夜間、脅し風の電話を受けたことがある。
「夫がいないから自宅に来てもらっても困る」と伝えても、話をぐいぐい進めてくる。
なんとか電話を切ろうとしても、しつこい。
どうにか切っても、すぐにまたベルが鳴る。
悪質極まりない。

で、そのとき思ったこと。
我が家への電話は、私が怖くても仕方がない。
スタッフの自宅にまで電話を入るとさぞ大変だろう、と。
すぐさまスタッフ宅に電話して、事情を伝え、電話の呼び出し音が鳴っても、この電話主からかもしれないから受話器を取らないように、と連絡したことがあります。

相手がビビルのにつけこんで自分の無理を通そうとする人は、きっと「癖」なのでしょうね。

いや~な、思い出です。
ちなみに、私は利害関係人ではないから、事実を応えるだけなのに、自分の想定通りの内容に同意を求め続けるのです。それはできないので、私は事実を述べることを繰り返すものですから、その人は、切っても、切っても、こちらが根を上げるまで電話をかけ、自宅に行く、と言い張りました。
そんな人だからって、表面もいかがわしいわけではないのです。
社会的地位があったりもするから、不思議なものです。











コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シコシコと数独。

2019-02-01 07:38:34 | 私の雑感あれこれ
昨日から上級にチャレンジし始めた。

スタート時の空欄が5つ多くなることで、こんなにも歯が立たなくなるのか、というのが今の感想。

初級から中級に進んだ時も、ハードルを感じたから、これも、そのうちに、、、、となればいいのだけれど、果たして、、、。

わたしのアプリのナンプレ中級レベルでは、自分なりに手順があることを体得。そのマイルールにしたがって進めていけばかならず解答にたどり着けるのです。

1から9の数字だけで楽しめる頭の体操。

入るべき数字にピンと来た時の快感が、癖になっています。

近頃は地下鉄電車の中はもっぱらスマホでコレ。

乗車時間が気にならなくなっています。



コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする