高橋睦郎『深きより』(26)(思潮社、2020年10月31日発行)
「二十六 語らず歌へ」は「蕪村」。
思ひ出す 毛馬の堤は いつにても春の日永
その上を駈けつ転びつ 日ねもす遊ぶ幼い日日
「思ひ出す」と「いつにても」が強く結びついている。これは、高橋が、やはりいつも故郷(生誕の地)を思い出しているからだろうか。「日永」と「日ねもす」が「一日」をを永遠に帰る。その「永遠」は一日ではなく「日日」となってつづく。
水の上には上り下りの川船 陸には行き来の客
中に藪入り里帰りの嬢あり 浪華振りの化粧衣裳
年嵩の悪太郎に唆されて囃したこと 忘れもやらぬ
「思ひ出す」はもう一度「忘れもやらぬ」と言い直される。
この書き出しの五行は、非常に音楽的だ。情景が見えるというよりも、幼い日々のこころの伸びやかなリズムが聴こえる。
高橋も、やはり里帰りのだれかを囃したことがあったのか、と想像させる。同時に、年上の女性への、不思議な視線も感じられる。故郷と年上の女性とが緊密に結びついているところに、蕪村の、ではなく、高橋の人生が反映されているのだろうか。
父母は知らず まことに私を知る友垣なら はるか後世
明治の子規居士 大正の朔太郎ぬし つづく誰彼
「つづく誰彼」に高橋が入るのだろう。もし、「蕪村」を高橋に置き換えるとき、では子規や朔太郎はだれになるだろうか。高橋は三島由紀夫を思い描いているかもしれない。
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