詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田中すずよ『ほおずき』

2021-01-07 09:59:29 | 詩集
田中すずよ『ほおずき』(編集工房ノア、2020年12月01日発行)

 田中すずよ『ほおずき』からは、ときどき不思議な音が聞こえる。たとえば「月の紐」。

紐のような三日月に
そっと指をかけ
すーっと引いて
綾取りをする
川 橋 つづみ ほうき
手に手をかけて 紐をすくう
取り損ねかけて 少し笑う
うまく作れて 少し威張る
指と指 顔と顔
一心に 紐をすくう
月の紐
天から私のところまで
すーっと引いた 月の紐
ああ 楽しいねぇ
楽しいねぇ
終われば 天に 登ってゆく
するするすると 登ってゆく
あとには ただただ 細い
三日月だけが 浮かんでいる

 終わりの方に出てくる、

ああ 楽しいねぇ
楽しいねぇ

 この二行の「対話」がほんとうに楽しく聞こえるのは一瞬のことで、すぐにさみしい感じにかわる。いっしょうけんめい「楽しい」とことばにすることで「楽しさ」を引き止めている、思い出している感じがする。
 三日月を見て、紐だと思い、紐から綾取りをしたことを思い出す。だれが相手だったのか。その相手は、いまは「天」にいる。思い出すと楽しい。その人が帰ってくるから。思い出すとさみしい。いまは、ここにいない、ということがわかるから。
 「終われば 天に 登ってゆく」の「終われば」ということばが、非常に静かだ。「終われば」は単なる仮定ではない。「終わった」ことを知っている。知っていて、「終われば」と言うのである。
 そうなのだ。
 田中は、すべて「知っている」のだ。覚えているのだ。それは「覚えている」というよりも、「忘れることができない」のである。
 その「忘れることができない」というさみしさが、ことばの「繰り返し」のなかに響いている。こだましている。
 「楽しいねぇ」の繰り返しに重なるように、いくつかのことばが繰り返されている。
 「指と指 顔と顔」、「少し」笑う、「少し」威張る。「するするする」と。「ただただ」。とくに「するするする」「ただただ」は「意味」であるよりも何かの「残響」のように耳に聞こえてくる。「対話」をつづけたいのだが、つづけられない。ひとりで、ただ「音」を対話させているという不思議な響きだ。
 「居残り」の書き出しも印象に残った。

悲しみだけが いつも
ポツンと残り 僕の方を見ている
他はシンと静まり返り
もう誰も 残ってはいない

 「悲しみ」が「僕」を見ているのか、それとも「僕」が「悲しみ」を見ているのか。これは、区別できない。視線の「対話」は、互いに見つめ合うことで成立する。「もう誰も 残っていない」が象徴的だが、それはあくまでも「対話」、つまり「一対一」の関係なのである。「一対一」を自覚するのは、「私はひとりである」という意識があるからだろう。その孤独感が、ことばの調べをさみしいものにしている。






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