秋川久紫『光と闇の祝祭』(江戸詩士紫屋=私家版、2014年08月20日発行)
秋川久紫『光と闇の祝祭』は「散文集」。美術、文学、音楽、映画、その他の時評が書かれている。
タイトルを読むと、美術、音楽は私の知らないことばかりが書いてある。文学と映画の部分を先に読み、あとで美術、音楽を読んだ。
北原千代の『繭の家』についての批評が丁寧だ。こんなふうに粘着質(?)な感じで読むのか、ことばとことばの関係を自分のなかでひとつひとつ再現するように動かして読むのか、と秋川の「読み方」がよくわかる文章だ。
他の詩篇も、私が読み落としてきたことを丁寧に書いてあって刺戟的だった。
あ、私は、強引に端折って読んでいたなあ、と反省させられた。批評とは、こんなに「根気」をつめて書くものなのか、とずいぶん反省させられた。
映画の見方も丁寧である。私は網膜剥離の手術以後、どうも根気がなくなって、映画を丁寧に見るのが苦痛になった。デジタル上映も目がざらつく感じがして落ち着かない。これも、秋川の批評を読みながら反省させられた。
*
美術関係の文章がおもしろかった。
美術とは直接関係のない(?)皆川博子の「みだら英泉」の「気が悪くなる」という表現を巡る文章は、うーん、と考えさせられた。妹の背中に刺青の変わりに淫らな絵を描く兄がいる。兄に淫らな絵を描かせる妹がいる。その妹が言う。
この表現に対して、
えっ。
私は、「気が悪くなる」を「欲情する」という意味と知って驚く秋川に驚いてしまったのだ。
私もその意味を知っていたわけではないが、「気が悪くなる」の前の引用を読むと、どうしてもセックスを想像してしまう。そこで「気が悪くなる」と言われたら、それはどうしたって「ゆく」とか「しぬ」とか、「あえぐ」とか、愉悦につながることばと結びつき、「気分が悪くなる」というような意味とは結びつかない。
「欲情する(したくなる)」を通り越して、「果てたくなる」というのが「気が悪くなる」だと私は思う。男の感覚でいうと、「交わりたい」の、その先、つまり「射精したい」という感じ。相手よりも自分の快楽を優先する感じ。
私にのめりこみタイプの人間なのかもしれないが、秋川は、とっても冷静なタイプの人間なんだろうなあ、と思った。
というようなことは、長い「前置き」で……。
「対決 巨匠たちの日本美術展 観覧記 其の弐」の宗達「風神雷神図屏風」に関する次の部分。
さらに蕪村「夜色楼台図」に関する次の部分。
この冷静な視線の動き、その動きをことばで再現する丁寧さ--あ、いいなあ。まるで詩だ。
「大琳派展観覧記 其の弐」の
このことばの動きも繊細だ。
で、と、私はいつものように、ここで飛躍する。「感覚の意見」を急にいいたくなる。そうか、秋川はこんなふうに視線を動かしながら絵を見るのか。絵のなかに精神の運動を見るのだな、と思った。
「対比」「対照」「対称」ということばがでてくるが、対になって動くことで何かを「暗示」する。それが秋川の「絵画」の基本的な見方なのか。「対」の存在は、動きを鮮明にする。「対」を細分化すれば動きも細分化され、美も細分化され、ぼんやりと見ていたときには見えなかったものが動いて見える。
「対」を見出す鋭い視力を秋川はもっているのだろう。「対」(相手)を尊重する感覚が強いのだろうなあ。
「対」感覚が、秋川の「思想(肉体)」かなあ、とも思った。
「気が悪くなる」も、思わず相手を気づかって「気分が悪くなった? どうした?」と心配してしまったのだろうなあ。「じれったいよ」という欲望があふれだしてくる自己本位の声には聞こえなかったんだろうなあ。
で、この「対」感覚から、詩についての書いた文章を思い出してみると、倉田良成『小倉風体抄』や北原千代『繭の家』に対する評価の仕方もさらに納得がいく。倉田の詩集は「小倉百人一首」と「対」になって、ことばの運動がはじまる。北原の詩集では、秋川はそこから「罪」と「食」(宴)」という「対」を見つけてきて動く。「対」の両極(?)を往復する形で、運動領域を広げていく。運動が「対」をつくるというよりも、「対」が運動をつくる、そしてその運動が「生きる場(領域)」になるという感じだ。
この「対」好みは、「安田靫彦の宗達論」の次の部分への共感となる。秋川は安田の文章を引用して、それに対して敬意をはらっている。
マチスと宗達の対比(比較)、その「対」によって浮かび上がってくるもの。
秋川は、そこから何がはじまるか書いていないのが残念だが、絵画に対して門外漢の私は、この安田の文章を読んだとき「音楽」が聞こえた。音がひびきあって「和音」になる瞬間のようなものを感じた。それから音が動いて「リズム」をつくるのも感じた。色が動きだす感じだ。
あ、余分なことを書いてしまった。私はピカソ、マチス、セザンヌが大好きなので、ついつい何か書きたくなってしまう。
秋川久紫『光と闇の祝祭』は「散文集」。美術、文学、音楽、映画、その他の時評が書かれている。
タイトルを読むと、美術、音楽は私の知らないことばかりが書いてある。文学と映画の部分を先に読み、あとで美術、音楽を読んだ。
北原千代の『繭の家』についての批評が丁寧だ。こんなふうに粘着質(?)な感じで読むのか、ことばとことばの関係を自分のなかでひとつひとつ再現するように動かして読むのか、と秋川の「読み方」がよくわかる文章だ。
他の詩篇も、私が読み落としてきたことを丁寧に書いてあって刺戟的だった。
あ、私は、強引に端折って読んでいたなあ、と反省させられた。批評とは、こんなに「根気」をつめて書くものなのか、とずいぶん反省させられた。
映画の見方も丁寧である。私は網膜剥離の手術以後、どうも根気がなくなって、映画を丁寧に見るのが苦痛になった。デジタル上映も目がざらつく感じがして落ち着かない。これも、秋川の批評を読みながら反省させられた。
*
美術関係の文章がおもしろかった。
美術とは直接関係のない(?)皆川博子の「みだら英泉」の「気が悪くなる」という表現を巡る文章は、うーん、と考えさせられた。妹の背中に刺青の変わりに淫らな絵を描く兄がいる。兄に淫らな絵を描かせる妹がいる。その妹が言う。
「紙に描くより、気がのるそうだよ。おまけに、描いているうちに、気が悪くなる。わたしもさ」
この表現に対して、
「気が悪くなる」とは「欲情する」という意味のようだ。(略)自分は「気が悪くなる」という言葉の意味が、現代でいうところの「気分が悪くなる」とか「むかつく」といった言葉と同義かと最初は思ったため、この姉妹の会話を読み進んでいき、ことの真相を理解して非常に驚いた。
えっ。
私は、「気が悪くなる」を「欲情する」という意味と知って驚く秋川に驚いてしまったのだ。
私もその意味を知っていたわけではないが、「気が悪くなる」の前の引用を読むと、どうしてもセックスを想像してしまう。そこで「気が悪くなる」と言われたら、それはどうしたって「ゆく」とか「しぬ」とか、「あえぐ」とか、愉悦につながることばと結びつき、「気分が悪くなる」というような意味とは結びつかない。
「欲情する(したくなる)」を通り越して、「果てたくなる」というのが「気が悪くなる」だと私は思う。男の感覚でいうと、「交わりたい」の、その先、つまり「射精したい」という感じ。相手よりも自分の快楽を優先する感じ。
私にのめりこみタイプの人間なのかもしれないが、秋川は、とっても冷静なタイプの人間なんだろうなあ、と思った。
というようなことは、長い「前置き」で……。
「対決 巨匠たちの日本美術展 観覧記 其の弐」の宗達「風神雷神図屏風」に関する次の部分。
左隻の雷神の身体から翻る天衣の裏地への流れ、そして右隻の風神の持つ風袋から眉、顎、腰や膝の辺りに見える裳の裏地への流れへと白の彩色がされた部分を順に目で追っていくと、そこに動的な循環があることが分かる。更にその効果を高めるためにそれらの対称となる部分、即ち風神の身体や雷神の裳の腰の部分などに緑青が使用されて両神の対照が強調されていることに気付かされる。
さらに蕪村「夜色楼台図」に関する次の部分。
家々の屋根の白さを強調することによって表現された不思議な(まるで人間の営みを反転させたかのような)明るさや、濃墨の夜空と淡墨の山々の対比、胡粉で無造作に散らされた雪の朴訥な表情など、どれをとっても伝統的な水墨画の技法と一線を画していることが分かり、一見落ち着いて見える画面の奥底に反骨精神が仄見える期待通りの逸品だと感じた。
この冷静な視線の動き、その動きをことばで再現する丁寧さ--あ、いいなあ。まるで詩だ。
「大琳派展観覧記 其の弐」の
全面に斜めに薄い板を貼り、その木目の流れを強風の暗示のように見せ、その上に満月に照らしだされた薄や葛や山帰来などを描いた「兎に秋草図襖」
このことばの動きも繊細だ。
で、と、私はいつものように、ここで飛躍する。「感覚の意見」を急にいいたくなる。そうか、秋川はこんなふうに視線を動かしながら絵を見るのか。絵のなかに精神の運動を見るのだな、と思った。
「対比」「対照」「対称」ということばがでてくるが、対になって動くことで何かを「暗示」する。それが秋川の「絵画」の基本的な見方なのか。「対」の存在は、動きを鮮明にする。「対」を細分化すれば動きも細分化され、美も細分化され、ぼんやりと見ていたときには見えなかったものが動いて見える。
「対」を見出す鋭い視力を秋川はもっているのだろう。「対」(相手)を尊重する感覚が強いのだろうなあ。
「対」感覚が、秋川の「思想(肉体)」かなあ、とも思った。
「気が悪くなる」も、思わず相手を気づかって「気分が悪くなった? どうした?」と心配してしまったのだろうなあ。「じれったいよ」という欲望があふれだしてくる自己本位の声には聞こえなかったんだろうなあ。
で、この「対」感覚から、詩についての書いた文章を思い出してみると、倉田良成『小倉風体抄』や北原千代『繭の家』に対する評価の仕方もさらに納得がいく。倉田の詩集は「小倉百人一首」と「対」になって、ことばの運動がはじまる。北原の詩集では、秋川はそこから「罪」と「食」(宴)」という「対」を見つけてきて動く。「対」の両極(?)を往復する形で、運動領域を広げていく。運動が「対」をつくるというよりも、「対」が運動をつくる、そしてその運動が「生きる場(領域)」になるという感じだ。
この「対」好みは、「安田靫彦の宗達論」の次の部分への共感となる。秋川は安田の文章を引用して、それに対して敬意をはらっている。
宗達の展観が、偶然にも(マチス展と)同時に開かれた事は意外な仕合わせであった。この両展観から、又その比較から、吾々の得るところ多大である。そうして宗達を一番に見せたい人はマチス翁であって、その人の感想をききたいとおもうのである。
マチスと宗達の対比(比較)、その「対」によって浮かび上がってくるもの。
秋川は、そこから何がはじまるか書いていないのが残念だが、絵画に対して門外漢の私は、この安田の文章を読んだとき「音楽」が聞こえた。音がひびきあって「和音」になる瞬間のようなものを感じた。それから音が動いて「リズム」をつくるのも感じた。色が動きだす感じだ。
あ、余分なことを書いてしまった。私はピカソ、マチス、セザンヌが大好きなので、ついつい何か書きたくなってしまう。
詩集 戦禍舞踏論 | |
秋川 久紫 | |
土曜美術社出版販売 |
私の詩の読み方と谷内さんの詩の読み方とでは、当然ながらスタンスの違いがあると思いますが、谷内さんの批評における姿勢の中には権威やアカデミズムといったものを茶化すような側面が多分にあることと、「分からないものをムリに分かる必要はない、分からないものはいつでも投げ出して構わないのだ」という開き直りみたいなものがあることにつき、(これを批判的に見る向きもあるかも知れませんが)私はむしろ好ましく感じております。アカデミズムに寄りかかる者たちが、しばしば「知」の領域に入って来られない者、入って来ようとしない者を排除しようとする姿勢を持つのとは、対極のポジションにいらっしゃることに安堵しています。
また、自分はこう思うが、それは自分の意見だから、別に他者が同調しなくても構わない、と思っていらっしゃるような所があり、要は決して自分の好みを押しつけようとしておらず、政治性のようなものとも無縁であり、自らが権威になろうとするような指向性も見えない所に、言論人としての潔さを感じております。
最後に、大変申し上げにくいのですが、上記の文中、以下の誤植があるようですので、お手数ですが、訂正して頂けないでしょうか?
誤:髪 → 正:紙(最初の引用)
誤:北川 → 正:秋川(2つ目の引用の直後の「えっ」の次の行)
誤:色彩 → 正:彩色(3つ目の引用の1行目末尾)
誤:一品 → 正:逸品(4つ目の引用の3行目末尾近く)
誤:「御倉風体抄」 → 正:「小倉風体抄」(倉田良成の詩集タイトル)
誤:北川 → 正:秋川(安田靫彦の文章の引用直前の部分)
(誤植の指摘がありますので、このコメントはここに残さないで頂いても、差し支えありません)
■秋川 久紫
訂正しましたが、ほかにもあるかもしれません。
また気づきましたらお知らせください。
私はアカデミズムを茶化すというよりも、他人の意見で自分の思っていることを「補強」するのが嫌いなのです。