詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

犬丸治「歌舞伎座『三月大歌舞伎』」

2025-03-11 16:33:37 | その他(音楽、小説etc)

犬丸治「歌舞伎座『三月大歌舞伎』」(読売新聞、2025年03月11日夕刊、西部版・4版)

 私は歌舞伎をほとんど見たことがないし、その批評もほとんど読んだことがない。きょう紙面を開いたら、いつもの倍くらいのスペースで批評が載っていた。「仮名手本忠臣蔵」についての評である。私が、それを読んでみる気になったのは、ひとつはいつもより広いスペースをとっていることと、私が日本語を教えている生徒(アメリカ人)が日本文化に関心を持っていて、歌舞伎・人形浄瑠璃で「仮名手本忠臣蔵」を取り上げたことがあるからだ。いま彼はアメリカにいて、今度来日したとき、これを教材につかってみようと思ったからである。
 ちょっと前置きが長くなったが。
 犬丸治の書いている批評には「菊之助と松緑 主従の絆鮮明」という見出しがついている。これは、まあ、なんとも「適切」な見出しなのだが。そして、この歌舞伎のポイントをついたものなのだが。あ、これでは「仮名手本忠臣蔵」を勉強するときに役に立つ、アメリカ人相手に説明するのに役に立つとは思っても、ちょっと「味わう」という感じにはなれない。
 こんな批評で、歌舞伎ファン、あるいは歌舞伎を演じている役者は満足なのか。ハイライトの部分は、ここである。菊之助の判官が切腹する。そのときの菊之助、由良之助を演じる松緑の演技を、こう書いている。

判官に後事を託されて胸を叩き、死してなお切腹の刀を放そうとしない判官の指を優しく撫でるあたり、主従の思いがにじむ。ひとりの男が主家断絶という思いがけぬ事態に投げ込まれ、仇討ちの覚悟を固めていく姿が鮮明だ。

 もしこのシーンで、主従の絆が鮮明に伝わってこなかったとしたら、それは芝居ではないだろう。それは「台本」を読んでも伝わってくるものだろうし、なんといっても日本人にはなじみのあるストーリーなので、このシーンは主従の絆を象徴的に描いていることは観客のみんな(私のように歌舞伎をほとんど見たことがない人間)にもわかりきっていることである。犬丸が書いているような批評では「役者」が見えてこない。歌舞伎(芝居)はストーリーを確認するものではない。役者を見るものである。役者の肉体を見て、自分の肉体が反応するのを楽しむものである。
 「判官の指を優しく撫でる」と犬丸は見どころを的確にとらえているが、その「優しく撫でる」が、ほかの役者とどう違うのか。その「撫で方」を見て、犬丸の「肉体」がどう反応し、それが犬丸の「感情」をどう揺さぶったかを書かなければ批評とは言えないだろう。
 そこに「主従の思いがにじむ」のは、当たり前のことであって、もしそのシーンから「主従の思い」が感じられなかったとしたら、それは、よっぽど芝居が下手なのだ。「主従の思いがにじむ」という、見なくても書けるような批評ではなく、劇場でみなければわからない「主従の思い」を犬丸が、役者の「肉体」にかわって、犬丸自身のことばで書かないと批評とは言えない。
 「仇討ちの覚悟を固めていく姿が鮮明だ」というような、抽象的なことばではなく、「どんな具合に鮮明なのか」を具体的に書かないと、役者に対して失礼ではないのか。
 今回は菊之助と松緑が演じているが、これがほかの役者の場合でも、犬丸は「判官に後事を託されて胸を叩き、死してなお切腹の刀を放そうとしない判官の指を優しく撫でるあたり、主従の思いがにじむ。ひとりの男が主家断絶という思いがけぬ事態に投げ込まれ、仇討ちの覚悟を固めていく姿が鮮明だ」と書くことが可能なのではないか。役者が誰であっても、この部分は、そのまま当てはまるのではないか。
 言い換えると。
 歌舞伎の演技が「伝統」の繰り返し(なぞり)で成り立っているように、歌舞伎の批評も、何やらすでに語り尽くされたことばを繰り返し、なぞっているだけなのではないか。単に役者の名前を入れ換えて書いているだけにすぎないのではないか。
 そんな疑問を、私は、持ってしまった。犬丸の文章は「教科書」的で、どこにも犬丸の「個性(肉体)」を感じさせるものがない。

 
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