今までいくつか各地のトイレのシンボルマークを紹介してきました。2007年12月16日(パナマ=これが今までの最高)209年1月30日(モロッコ)2009年9月21日、23日(スペイン)。
そこで今回も少し。マンゴチの女性と赤ちゃん編。
しかし、広場にイギリスの軍艦に配置されていた機関銃が展示されていました。Hotchkiss Gun というのがそれで機関銃のことのようです。これが本物か、レプリカかはわかりませんでした。
なお、余談ですが文房具のホッチキスという名前はこの機関銃からきています。すなわち機関銃のように次々に針が出てくるということです。
また私の感想ですがイギリス植民地時代の名残がこのように後生大事に展示されていることにさみしさを感じました。2009年11月1日に述べたウガンダのカスビでの感想と同じです。
前回この地はヨーロッパ列強の植民地支配の拠点であったと紹介しましたが、19世紀末からイギリスとドイツ、ポルトガルはマラウィ湖に軍艦を配置していました。イギリスの軍艦はHMS Guendolinといい1899年にマンゴチで組み立てられ、340トンで当時としては最高の12ノットのスピードをほこり、二つの強力な銃を持っていました。本国政府同士は不和でしたがイギリスとドイツの艦長は仲が良くお互いに行き来してパーティーなどしていました。ところが1914年第一次世界大戦が勃発したとき、いち早くそれを知ったイギリスの船長は情報を知らなかったドイツの戦艦を奇襲し捕虜にしました。これが第一次世界大戦でのイギリス軍の最初の勝利した海戦になりました。Lonely planet はこのことをunsporting event と書いています。(ここまではlonely planet “Southern Africa”p205によります)
さてこのイギリスの軍艦の一部のレプリカがマラウィ湖博物館に展示されているということなので見たいと思っていましたがツアーコースに入っていなくて残念ながら見ることはできませんでした。しかしその前をバスが通過したので博物館の写真だけは撮ることだけはできました。しかし、次ページへ。
マンゴチはモザンビークへ向かう地理上の要地でもあります。マラウィ湖から流れ出るシーレ河を渡ってモザンビークへ向かう橋が老朽化し日本政府からの援助で2002年に新しい橋ができました。写真は古い橋から新しい橋を見たものです。
湖畔のコテージ風の旅籠に泊まりました。
20010年1月22日に紹介したマラウィで活躍しているジャイカの松永和之さんが実家のある北海道喜茂別町のホームページに紹介されています。そこには彼の「マラウィ通信」も掲載されています。興味のある方はご覧ください。喜茂別町で検索すれば出てきます。