100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

89
歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「バルカン半島」アルバニア ブトリント1

2010年12月11日 08時26分28秒 | バルカン半島

 ブトリント(2010101日の地図)は古代ローマ時代から6世紀のキリスト教時代に至るまでの遺跡が残され世界遺産に登録されています。

 写真は古代ギリシア神話で医学の祖といわれるアスクレピオスの聖域です。アスクレピオスについては200828日~10日に紹介しているのでご覧ください


「バルカン半島」編 アルバニア スカンデルベク1

2010年12月09日 08時30分12秒 | バルカン半島

 セルビアの民族的英雄はラザル侯ですが(20101024日紹介)アルバニアではスカンデルベク(14051468)です。

 彼はアルバニアの領主の子供として生まれましたが、オスマントルコに人質として送られイスラーム教徒になりオスマントルコの勇敢な騎士として活躍しその勇敢さからアレクサンダーにちなんでスカンデルベクの名前を受けました。1434年ごろ帰国しオスマントルコの軍司令官としてアルバニアを支配していました。1443年にキリスト教徒に改宗してオスマントルコに反旗を翻しました。その後25年にわたってアルバニアの独立を保ちますが、彼の死後アルバニアは1912年に独立するまでオスマントルコに併合されます。19世紀アルバニアの民族意識の高揚と共にスカンデルベクは対オスマントルコの戦士として民族的英雄になります。また彼はアルバニアの民族的英雄としてだけではなくイスラーム教オスマントルコに対してのキリスト教ヨーロッパの防波堤になったと考えられキリスト教ヨーロッパ世界の英雄でもあります。彼の子孫はイタリアに移住して対オスマントルコの戦士であるマルタ騎士団(200837日をご覧ください)に参加しています。そのせいか、イタリアの作曲家ビバルディはスカンデルベクというオペラを作っていますし、私は見たことはありませんが、ローマに彼の彫像があります。

 写真はアルバニアの首都ティラナの中心部にあるスカンデルベク広場にある彼の彫像です。

 

 


「バルカン半島」編 アルバニア ギロカスタル3

2010年12月05日 08時21分01秒 | バルカン半島

 

 この地の武器博物館へ行きました。そこの広場に写真のような飛行機が展示されていました。1957年アルバニア上空を飛行していたアメリカのスパイ飛行機を強制着陸させたと当局は発表しました。アメリカの発表によれば訓練飛行中に機械的なトラブルで緊急避難着陸したとのことです。なにはともあれその飛行機がこの地の武器博物館に持ち込まれていました。

 「赤カブ」さんコメント有難うございました。頴娃町というのは鹿児島県の町てすよね。私も初めて頴娃町にトーチカがあることを知りました。アジア太平洋戦争時の本土決戦用のものですかね。