熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

大仏次郎~歴史を紀行する

2008年12月14日 | 海外生活と旅
   神保町の古書店で、大仏次郎のエッセイセレクション3巻を手に入れた。
   普段のように殺伐とした読書をしていると、あまり手にしない本だが、短編で非常に幅広いトピックスが充満していて面白かったので読み始めた。
   最初の巻が歴史紀行で、「幻の伽藍」と言うタイトルから始まる海外の旅紀行が数編あり、時代認識が、私よりやや古い程度で、かなり近い所為もあり親近感を感じて面白かった。

   「幻の伽藍」は、シャルトル大聖堂を訪れた時の紀行で、麦畑と青空だけで、ほかに何もない地平に、かげろう光の中に幻覚のように現れたシャルトル聖母寺の伽藍の印象を綴っている。
   信仰篤い巡礼の人々が、地平にこの出現を見つけた時の感動がどれほどのものだったか、素朴に涙の出るほど心揺さぶられる思いで、思わず地にひざまづき頭を垂れたであろうと、平安朝の弥陀来迎図を引き合いに出す。

   私の場合には、同僚の運転する車で何となく着いたので、シャルトル大聖堂の大きさくらいの印象は残っているが、他には何も覚えていない。
   しかし、同じような印象は、フランスのモン・サン・ミシェルへの2回目の旅で感じたことがある。
   ヨーロッパ在住最後の時に、ロアールの古城を巡ってノルマンディへ向かった車での旅で、ラテン系のフランスでは、一寸危険かなあと思ったが、家族を伴った旅でもあったし、普通の交通機関では手に負えなかったので、ド・ゴール空港で、装甲車のようなボルボを借りて走った。

   城壁都市サン・マロで過ごした翌日、海岸よりの田舎道を通って、シェルブールの友を訪ねる途中に、モン・サン・ミシェルを訪れようと走ったのである。
   どのような植物が植わっていたのか、全く記憶にないし、膨大な写真の整理もままならないので、思い出せないが、一面全く障害物のないフラットな田園地帯が延々と広がっている前方の地平に、小さく尖塔のある置物のようなモン・サン・ミシェルのシルエットが現れたのである。

   私が、モン・サン・ミシェルを知ったのは、映画「エル・シド」の、チャールトン・ヘストンが、軍隊を率いて駆けるラスト・シーンの素晴らしい背景であった。
   これを見たくて訪れた最初のモン・サン・ミシェルへの旅は、レンヌからタクシーで走ったので内陸からであり、対岸に着くまで塔の姿は見えなかった。
   しかし、今回西海岸の田園地帯を走ってのアプローチは、かなりスピードを上げて車の少ない田舎道をとばしても、少しづつしか近づいてくれない。
   初めて、少しづつ姿を現すモン・サン・ミシェルの姿を見る家族は感激していたので、巡礼者たちの感動も、大仏次郎が書いているシャルトル詣でと同じなのであろうと思う。

   今でこそ、内陸から孤島であったモン・サン・ミシェルまで車道が通じていて、すぐ傍まで難なく行けるが、昔は多くの巡礼者たちが満ち潮に足を取られて死んで行った。
   潮の流れを島の絶壁から見ていても、満ち干の激しさは良く分かるのだが、昔は、潮が引いて陸地が繋がった時に渡るので、かなりの距離を歩くのは、命を懸けた巡礼だったのかも知れない。
   
   もう一つ、大仏次郎の紀行文の中の一節の「紳士道」に、面白い記述があり、山高帽を被り蝙蝠傘を持った典型的な英国紳士について語っており、この蝙蝠傘が、雨の為ではなく、ステッキ代わりの身だしなみ的な紳士道具だと述べている。
   私の居た英国病最盛期の1980年代頃には、蝙蝠傘を持った紳士など多くは見かけなかったが、実際にイギリスに住んでみて、雨が多くて暗い天候の土地でありながら、ここでは殆ど傘は要らないのだと分かった。
   雨そのものがやさしくて、土砂降りの長雨が殆どないので、バーバリーやアクアスキュータムのレインコートに帽子で十分なのである。

   ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの森嶋通夫教授を訪れてキャンパスを案内して貰っていた時に、雨が降り出したので、先輩とは言え大先生なので、傘を差しかけたら、「そんなこと、しいな」と言われた。
   ロンドンでは、雨に打たれるくらいは日常茶飯事で、傘など余程のことがない限り使わないのだと言うことであった。

   ロンドンの紳士だが、スーツやコートやネクタイ、マフラー、靴等々、持ち物やスタイル等身だしなみについては、その人々の生活と直結していて、日ごろ作業着で通している人が、子供の参観日に背広に着替えてネクタイを締めて行くと言った日本的な傾向はない。
   日本は、昔から職業や身分などによって言葉遣いが異なりバリエーションが豊かだが、イギリスの場合には、言葉の差は少ないが、服装や生活スタイルに大きく差がついているのが面白い。
   
   サビルロー街1番地のギーブス&フォークスを筆頭に並ぶ老舗の紳士服店、靴や帽子、アクセサリーなどはダンヒルなどのあるジャーミン街を歩けば、紳士ものは揃うであろうが、紳士そのものに成りきるのがのが難しいのがイギリスである。
コメント
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