熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

十二月大歌舞伎・・・幸四郎の「佐倉義民伝」

2008年12月08日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎座は、京都南座の顔見世で人気を奪われた感じの筈だが、どうしてどうして、高麗屋父子が、非常に内容の豊かな素晴らしい舞台を展開しており、更に、富十郎の「石切梶原」や三津五郎の「京鹿子娘道成寺」など意欲的な舞台が加わっているのだから、楽しくない筈がない。
   私には、河竹黙阿弥の「高時」と「佐倉義民伝」が始めて観る演目であったが、千葉の住人として近くに住んでいる誼もあって、幸四郎の演じる佐倉惣五郎(歌舞伎では木内宗吾)の舞台には、特に期待して客席に着いた。

   歴博の記録では、惣五郎の歴史は定かでないようであり、歌舞伎の舞台での義民としてのイメージが定着しているような感じだが、福沢諭吉なども、自由民権主義者の先駆者として取り上げ、昭和恐慌や戦後改革の時期にも、新しい解釈を伴いながら思い起こされたと言うのである。
   しかし、徳川時代に一般的であった農民一揆とは一線を画しており、民衆を率いて一揆を起こし暴力行為に出たと言う記録は一切残っておらず、藩や幕府、最後には、4代将軍家綱に農民たちの窮状を直訴に及んだと言う孤軍奮闘の決死作戦を実行したのであるから、非常に特異な存在であった。
   結局、租税は軽減されたようだが、夫婦磔刑、子供4人も死罪となった。

   この残酷な仕打ちによって怨霊伝説が生まれ、藩主堀田正信も不幸に見舞われ改易となったのだが、1世紀を経て山形から入封した正信の弟の家系の堀田正亮が、惣五郎を顕彰するために宗吾道閑居士と謚号し、現在の宗吾霊堂に至っていると言う。
   歌舞伎座2階のロビーに設置された厨子の中に、ご本尊宗吾様が安置された祭壇が置かれており、客が交々賽銭を投げて手を合わせている。
   私は、宗吾霊堂には言ったことがないが、この近くで、高橋尚子が走っていたと聞く。

   ところで、実際の歌舞伎の方だが、最初にヒットした「東山桜荘子」では、宗吾と叔父光然の祟りの場が主体だったようだが、その後、今のように、甚平衛渡しと子別れと言う宗吾の苦悩と甚平衛の義心が物語の中心になったと言うことである。
   今回は、印旛沼渡し小屋の場から、木内宗吾の内と裏手の場、そして、最後に、宗吾が将軍に直訴する東叡山直訴の場が続く。
   非常にヒューマニズムに富んだと言うか、農民一揆と言う陰惨な物語を主体にしながらも、善意の登場人物ばかりで、しんみりと観衆の心に響く人情話になっている。
   
   幕府の老中を勤める佐倉藩としては幕政に非常に忠実に奉仕すべく、領民に異常と言うべき過酷な年貢を課したのが発端だが、農民たちの塗炭の苦しみは、TVなどで人気の水戸黄門物語の比ではなかったのであろう。
   強訴、越訴を強行する宗吾を、佐倉藩は目の敵にして鉄壁の監視網を敷いて追っかけるのだが、江戸屋敷での直訴に失敗し家族に会いたい一心で国へ帰ってきた宗吾が、印旛の渡しで船頭の甚平衛(段四郎)に舟を頼む。
   佐倉藩の暴政を慨嘆し国の乱れと宗吾詮議の厳しさを語る二人の行き場のないしみじみとした会話、そして、将軍への直訴の覚悟を聞いて、役人の命に背いて決死の覚悟で舟を出す甚平衛の一徹な義侠心が胸を打つ。段四郎は、正に適役。
   
   雪が深々と降りしきる木内宗吾宅の場は、農家の主婦に、寒かろうと夫の袴や嫁入り衣装まで与えて気遣う妻おさん(福助)の健気な思いやりから舞台が開き、傍で長男は素読、二人の子供は無心に遊んでいる。
   そこへ、監視から逃れた宗吾が雪を踏みしめ帰ってくる。喜ぶ家族。
   数ヶ月で大きく変わった家族の生活の変化を知らずに、もう少し子供に、そして、おさんにも良い着物をと言う宗吾に、おさんは顔を伏せて、総て貰ってもらったと告げると、良いことをしたと頷く宗吾のあまりにも善意に満ちた仏のような姿。無精ひげを生やした幸四郎の実直そうな風貌が風格を増す。
   良く考えてみれば、佐倉郷の百姓だったが、宗吾様は、今や神様に列せられた人であり、菅原伝授手習鑑の菅丞相と同じなのであると気付くべきであった。

   福助のおさんだが、子供たちへの思いやりや夫への心配りなど楚々として控え目ながら、決死の覚悟で江戸へ向かう宗吾に離縁状を渡されてかき口説く哀切極まりない表情を見せるなど実に良い味を出していて、幸四郎との呼吸が合って素晴らしい。
   尤も、夜の部の最後の「籠釣瓶花街酔醒」では妖艶な八橋で、相方佐野次郎左衛門の幸四郎を窮地に追い込み殺される役を演じているのだが、この舞台も素晴らしく、今や、歌舞伎座を背負って立つ女形の看板役者の一人の貫禄である。
   この舞台での子役の三人が実に上手く、感動的な演技を見せてくれる。

   この舞台で唯一の悪者が、宗吾を訴人すると強請りに来る幻の長吉の三津五郎だが、チンピラながらドスの利いた悪人振りが面白い。

   最後の寛永寺での将軍徳川家綱(染五郎)への直訴の場だが、老中松平伊豆守の彌十郎が良い役柄で、家綱の面前で大きな声で訴状全文を読み上げ、受け取れないと言いながら封書だけ投げて中身を袂に仕舞うところなど観客を感動させる。
   実に風格のあるお殿様ぶりの染五郎の勇士は感動的だが、直訴の成功して、後手に縛られながらにっこり微笑む幸四郎宗吾の表情も実に美しい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする